最新記事
中東

ハマスの非道を生んだ「28年前の暗殺」

VIOLENCE BREEDS VIOLENCE

2023年10月16日(月)13時40分
ピーター・シンガー(米プリンストン大学生命倫理学教授)
ラビンの写真を掲げて死を悼むイスラエル市民(95年)

ラビンの写真を掲げて死を悼むイスラエル市民(95年) PETER TURNLEYーCORBISーVCG/GETTY IMAGES

<ハマスによる残虐行為は無から生まれたのではない。米プリンストン大学生命倫理学教授のピーター・シンガーが解説>

イスラム組織ハマスがイスラエルに侵入し、卑劣な攻撃を行った事件は、当然ながら世界各国で非難を浴びている。双方が主張するとおり、これが戦争なら、意図的に民間人を標的にしたハマスの行為は重大な戦争犯罪だ。

だが、ハマスによる残虐行為は無から生まれたのではない。イスラエルとパレスチナ自治区ガザで進行中の出来事が示すのは、暴力はさらなる暴力を生むという教訓だ。

両者の悲劇的対決を回避する最後の本当のチャンスは、1995年に起きた当時のイスラエル首相、イツハク・ラビンの暗殺で打ち砕かれた。犯人は、93年に成立したオスロ合意に反対する極右のイスラエル人だった。聖地主権問題に交渉の余地はないと考えるイスラエルの過激派は、「土地と和平の交換」原則に基づいてパレスチナ側と結んだ合意を憎悪していた。

ラビン暗殺で最も得をしたのはイスラエルのナショナリスト、なかでも右派政党リクードの党首で、現首相のネタニヤフだ。

67年の第3次中東戦争でイスラエルが占領した地区からの撤退を定めたオスロ合意を、ネタニヤフは拒絶していた。同合意とラビンへの抗議として、ひつぎや首つりの縄からなる模擬葬列を率いたこともある。

ラビン暗殺後、とりわけ2000年に米キャンプデービッドで行われた中東首脳会談が決裂して以来、イスラエルでは極右勢力が台頭した。その一方、パレスチナでは穏健路線の主流派ファタハが失墜し、イスラエル人殺害を組織の正統性の根拠に据えるハマスなどが力を付けた。

07年からガザを実効支配するハマスの影響力(と暴力)が、もう1つのイスラエル占領地で、パレスチナ自治政府が一部を管轄するヨルダン川西岸に広がるなか、ネタニヤフが掲げた強硬措置を支持するイスラエル人は増える一方だった。西岸で容赦なく拡大するユダヤ人の入植に、パレスチナ自治政府は歯止めをかけられず、急進主義と暴力の悪循環が続いた。

今年2月には西岸でユダヤ人入植者2人が射殺された事件を受け、現場近くのパレスチナ人居住区の町、フワラが入植者集団に襲撃された。19世紀にロシア帝国で起きたポグロム(ユダヤ人虐殺)を想起させる出来事だ。家や車が放火され、住民1人が死亡し、複数が負傷したが、かつてのロシアの警察と同様、イスラエル治安部隊は住民の保護にも加害者逮捕にも動かなかった。

キャリア
企業も働き手も幸せに...「期待以上のマッチング」を実現し続ける転職エージェントがしていること
あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

マスク氏の「政府効率化省」、国民はサービス悪化を懸

ワールド

戦後ウクライナへの英軍派遣、受け入れられない=ロシ

ワールド

ロシア、ウクライナ東部・南部のエネルギー施設攻撃 

ワールド

韓国、中国製鋼板に最大38%の暫定関税 不当廉売「
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「20歳若返る」日常の習慣
  • 4
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 5
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 6
    1月を最後に「戦場から消えた」北朝鮮兵たち...ロシ…
  • 7
    ロシアは既に窮地にある...西側がなぜか「見て見ぬふ…
  • 8
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 5
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 8
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 9
    週に75分の「早歩き」で寿命は2年延びる...スーパー…
  • 10
    イスラム×パンク──社会派コメディ『絶叫パンクス レ…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中