退任表明のファウチ その功績と過ち、そして意図的についていた「嘘」
The Last “Trusted Doctor”
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ファウチの下で公衆衛生は政治問題であることがより明確になった ANNA ROSE LAYDENーPOOLーREUTERS
<アメリカにおけるエイズや新型コロナウイルスへの対策を牽引したが、パンデミックによる社会の変容を生き抜けなかった>
エイズからサル痘まで、アメリカの感染症対策を率いて40年近く。米国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)の所長で米政府の首席医療顧問でもあるアンソニー・ファウチ(81)が、今年12月で退任する意向を発表した。公衆衛生分野での彼の功績をたたえる声がある一方、コロナ禍への対応を誤った当局者だとして退任を喜ぶ声もある。
ファウチは1984年にNIAID所長に就任。ロナルド・レーガン以降の歴代大統領に助言を行ってきた。
ジョージ・W・ブッシュ大統領時代にファウチが立ち上げた世界規模のエイズ対策「大統領エイズ救済緊急計画」は、約2100万人の命を救ったとされる。2015年にエボラ出血熱が流行したときは、自ら防護具を着けて感染者の治療に当たった。
ファウチの長いキャリアは批判と無縁ではなかった。89年にはファウチのエイズ対策に不満を抱く活動家らが、彼のオフィスに押しかけた。
新型コロナウイルス対策も決して順調ではなかった。パンデミック発生当初はドナルド・トランプ前大統領と協力関係を築いていたかに見えたが、すぐに悪化した。経済活動の停止やマスク着用などの感染抑制策についてトランプはファウチの意見に反対し、右派のメディアや政治家もこれに同調した。
マスクやワクチンについて犯した過ち
政府のパンデミック対応の顔となったファウチが批判の矢面に立たされた理由はよく分かる。状況が目まぐるしく変わるなか、多くの当局者と同じくファウチにも過ちがあった。コロナ禍の初期には、マスク着用や無症状者からの感染について誤った情報を発信していた。ワクチンの感染予防効果についても、誤った見解を示していた。
だが、もっと根本的な問題は「信頼される医師」の見本がコロナ禍を生き抜けなかったことだろう。公衆衛生は「政治問題」であることがパンデミックによって、より明確になったためだ。
新型コロナワクチンが命を救うのは経験的な事実だが、接種を義務付けるべきかどうかは政治的な選択だ。ファウチが接種の義務化を支持したことは、個人の選択より集団の利益を優先するという価値観によるが、それを受け入れないアメリカ人は多い。