最新記事

公衆衛生

退任表明のファウチ その功績と過ち、そして意図的についていた「嘘」

The Last “Trusted Doctor”

2022年8月31日(水)18時52分
ティム・レカース(科学ジャーナリスト)
アンソニー・ファウチ

ファウチの下で公衆衛生は政治問題であることがより明確になった ANNA ROSE LAYDENーPOOLーREUTERS

<アメリカにおけるエイズや新型コロナウイルスへの対策を牽引したが、パンデミックによる社会の変容を生き抜けなかった>

エイズからサル痘まで、アメリカの感染症対策を率いて40年近く。米国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)の所長で米政府の首席医療顧問でもあるアンソニー・ファウチ(81)が、今年12月で退任する意向を発表した。公衆衛生分野での彼の功績をたたえる声がある一方、コロナ禍への対応を誤った当局者だとして退任を喜ぶ声もある。

ファウチは1984年にNIAID所長に就任。ロナルド・レーガン以降の歴代大統領に助言を行ってきた。

ジョージ・W・ブッシュ大統領時代にファウチが立ち上げた世界規模のエイズ対策「大統領エイズ救済緊急計画」は、約2100万人の命を救ったとされる。2015年にエボラ出血熱が流行したときは、自ら防護具を着けて感染者の治療に当たった。

ファウチの長いキャリアは批判と無縁ではなかった。89年にはファウチのエイズ対策に不満を抱く活動家らが、彼のオフィスに押しかけた。

新型コロナウイルス対策も決して順調ではなかった。パンデミック発生当初はドナルド・トランプ前大統領と協力関係を築いていたかに見えたが、すぐに悪化した。経済活動の停止やマスク着用などの感染抑制策についてトランプはファウチの意見に反対し、右派のメディアや政治家もこれに同調した。

マスクやワクチンについて犯した過ち

政府のパンデミック対応の顔となったファウチが批判の矢面に立たされた理由はよく分かる。状況が目まぐるしく変わるなか、多くの当局者と同じくファウチにも過ちがあった。コロナ禍の初期には、マスク着用や無症状者からの感染について誤った情報を発信していた。ワクチンの感染予防効果についても、誤った見解を示していた。

だが、もっと根本的な問題は「信頼される医師」の見本がコロナ禍を生き抜けなかったことだろう。公衆衛生は「政治問題」であることがパンデミックによって、より明確になったためだ。

新型コロナワクチンが命を救うのは経験的な事実だが、接種を義務付けるべきかどうかは政治的な選択だ。ファウチが接種の義務化を支持したことは、個人の選択より集団の利益を優先するという価値観によるが、それを受け入れないアメリカ人は多い。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

タイ首相、今月開始の経済対策による景気浮揚に自信

ワールド

COP29議長国、合意に向け構想提示 気候変動資金

ビジネス

投資家心理、9月に改善 利下げ期待で=BofA調査

ビジネス

アングル:最高値更新続く金価格、節目の3000ドル
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ニュースが分かる ユダヤ超入門
特集:ニュースが分かる ユダヤ超入門
2024年9月17日/2024年9月24日号(9/10発売)

ユダヤ人とは何なのか? なぜ世界に離散したのか? 優秀な人材を輩出した理由は? ユダヤを知れば世界が分かる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    キャサリン妃とメーガン妃の「ケープ」対決...最も優雅でドラマチックな瞬間に注目
  • 2
    エリザベス女王とフィリップ殿下の銅像が完成...「誰だこれは」「撤去しろ」と批判殺到してしまう
  • 3
    地震の恩恵? 「地震が金塊を作っているかもしれない」との研究が話題に...その仕組みとは?
  • 4
    ウィリアムとヘンリーの間に「信頼はない」...近い将…
  • 5
    バルト三国で、急速に強まるロシアの「侵攻」への警…
  • 6
    原作の「改変」が見事に成功したドラマ『SHOGUN 将軍…
  • 7
    北朝鮮、泣き叫ぶ女子高生の悲嘆...残酷すぎる「緩慢…
  • 8
    ロシア空軍が誇るSu-30M戦闘機、黒海上空でウクライ…
  • 9
    「LINE交換」 を断りたいときに何と答えますか? 銀座…
  • 10
    広報戦略ミス?...霞んでしまったメーガン妃とヘンリ…
  • 1
    「LINE交換」 を断りたいときに何と答えますか? 銀座のママが説くスマートな断り方
  • 2
    「もはや手に負えない」「こんなに早く成長するとは...」と飼い主...住宅から巨大ニシキヘビ押収 驚愕のその姿とは?
  • 3
    【クイズ】自殺率が最も高い国は?
  • 4
    アメリカの住宅がどんどん小さくなる謎
  • 5
    キャサリン妃とメーガン妃の「ケープ」対決...最も優…
  • 6
    北朝鮮、泣き叫ぶ女子高生の悲嘆...残酷すぎる「緩慢…
  • 7
    ロシア空軍が誇るSu-30M戦闘機、黒海上空でウクライ…
  • 8
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン…
  • 9
    キャサリン妃、化学療法終了も「まだ完全復帰はない…
  • 10
    33店舗が閉店、100店舗を割るヨーカドーの真相...い…
  • 1
    「LINE交換」 を断りたいときに何と答えますか? 銀座のママが説くスマートな断り方
  • 2
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 3
    電子レンジは「バクテリアの温床」...どう掃除すればいいのか?【最新研究】
  • 4
    年収分布で分かる「自分の年収は高いのか、低いのか」
  • 5
    「棺桶みたい...」客室乗務員がフライト中に眠る「秘…
  • 6
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレ…
  • 7
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン…
  • 8
    ウクライナ軍のクルスク侵攻はロシアの罠か
  • 9
    「あの頃の思い出が詰まっている...」懐かしのマクド…
  • 10
    「もはや手に負えない」「こんなに早く成長するとは.…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中