最新記事

ワクチン

ワクチン優先順位、医療従事者の「次は高齢者」は正しい?

THE ETHICS OF PRIORITIZING COVID-19 VACCINATION

2021年1月25日(月)18時20分
ピーター・シンガー(米プリンストン大学生命倫理学教授)

新型コロナのワクチン接種を受ける96歳の女性(カリフォルニア州) LUCY NICHOLSON-REUTERS

<アメリカで議論。高齢者を優先すると、接種できるマイノリティーの割合が低くなり、不公平に思える。だが高齢者よりエッセンシャルワーカーを優先すると、実はそのことでより多くの人命が失われてしまう>

新型コロナウイルスのワクチン接種が始まるなか、各国政府はいかにワクチンを迅速かつ公平に配分するかという課題に直面している。感染者の命を救うために働く医療従事者がまず接種を受けるべきという考え方は、広く支持されている。問題は、次が誰なのかだ。

考慮すべき事実の1つは、65歳以上の高齢者は若い世代より新型コロナウイルス感染症による死亡リスクが高く、75歳以上ではさらにリスクが高まるということだ。

もう1つ考慮すべきなのは、アメリカをはじめとする国では、社会的弱者である有色人種や少数民族といったマイノリティーの平均余命が全国平均より低いこと。従って、65歳以上の人口に占めるマイノリティーの割合は平均より低くなる。

つまり高齢者を優先すると、ワクチン接種を受けられるマイノリティーの割合が低くなるのだ。マイノリティーが既にさまざまな不利益を受けてきたことを考えると、これは不公平に思える。

米疾病対策センター(CDC)のキャスリーン・ドゥーリングが提案したアプローチの背景にあるのが、この不公平感だろう。

CDCの予防接種諮問委員会(ACIP)に対してドゥーリングは、65歳以上(約5300万人)より先に、「エッセンシャルワーカー」(約8700万人)にワクチンを投与すべきだと主張した。そのまま実施すれば、死亡率は高齢者を優先する場合に比べて0.5〜6.5%上昇する。

高齢者は白人の割合が高いという理由から、高齢者へのワクチン接種を後回しにすれば、マイノリティーに対する不平等感は軽減する。だが、そのためにより多くの人命が失われるのだ。

しかも65歳以上におけるマイノリティーの割合の小ささは、コロナによる死者全体における65歳以上の割合の大きさに比べると、注目する必要もない程度だ。つまりドゥーリングが言うように、高齢者よりエッセンシャルワーカーへのワクチン接種を優先すれば、結局マイノリティーの死者も増える。

ACIPは優先される資格を「全てのエッセンシャルワーカー」ではなく、ファーストレスポンダー(救急隊員や消防士など事故や災害の初期対応に携わる人々)や教師、食料品店販売員など約3000万人の「最前線のエッセンシャルワーカー」に絞り込んだ。さらに75歳以上の高齢者(約2100万人)にも、同様の優先権を与えることを推奨した。

この勧告はリスクの高い高齢者を優先する考えと、全てのエッセンシャルワーカーを優先する考えの間を取った妥協案だ。最前線のエッセンシャルワーカーが安全に働くことは、もちろん重要だ。75歳以上の層とエッセンシャルワーカーに同レベルの優先順位を与えれば、ウイルスによる死者全体も、マイノリティーの死者も減る。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米バークシャーの円債が条件決定、総額900億円は過

ワールド

米大統領、大手法律事務所に通商交渉での「無償」支援

ビジネス

ECB、ノンバンク起因の金融リスク警告 市場ストレ

ワールド

トランプ氏、メキシコに制裁・関税警告 「水を盗んで
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ関税大戦争
特集:トランプ関税大戦争
2025年4月15日号(4/ 8発売)

同盟国も敵対国もお構いなし。トランプ版「ガイアツ」は世界恐慌を招くのか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    公園でひとり歩いていた老犬...毛に残された「ピンク色」に心打たれる人続出
  • 2
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 3
    「やっぱり忘れてなかった」6カ月ぶりの再会に、犬が見せた「全力のよろこび」に反響
  • 4
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 5
    「ただ愛する男性と一緒にいたいだけ!」77歳になっ…
  • 6
    投資の神様ウォーレン・バフェットが世界株安に勝っ…
  • 7
    コメ不足なのに「減反」をやめようとしない理由...政治…
  • 8
    まもなく日本を襲う「身寄りのない高齢者」の爆発的…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    右にも左にもロシア機...米ステルス戦闘機コックピッ…
  • 1
    公園でひとり歩いていた老犬...毛に残された「ピンク色」に心打たれる人続出
  • 2
    ひとりで海にいた犬...首輪に書かれた「ひと言」に世界が感動
  • 3
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 7
    ロシア黒海艦隊をドローン襲撃...防空ミサイルを回避…
  • 8
    「吐きそうになった...」高速列車で前席のカップルが…
  • 9
    紅茶をこよなく愛するイギリス人の僕がティーバッグ…
  • 10
    5万年以上も前の人類最古の「物語の絵」...何が描か…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    公園でひとり歩いていた老犬...毛に残された「ピンク色」に心打たれる人続出
  • 3
    ひとりで海にいた犬...首輪に書かれた「ひと言」に世界が感動
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の…
  • 6
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中