インドネシア、パプア牧師殺害事件は捜査難航 「独立派記念日」12月1日に向け緊張高まる
近づく「独立記念日」への警戒も背景
この「合同調査チーム」の編成と現地派遣は10月1日にマフード調整相(政治法務治安担当)が明らかにしたもので、ジョコ・ウィドド政権が「牧師殺害事件などのパプア治安情勢」に深い関心を示していることを表しているといえる。
パプア州では、9月にインタンジャヤ県で複数の銃撃戦や射殺事件が発生しており、陸軍兵士2人、民間人1人が犠牲となっている。
いずれの事件も未解決で、治安当局はTPNPBによる犯行として同組織メンバーに対する掃討作戦を続けており、作戦に伴って起きる各地でのパプア人住民への人権侵害も報告されている。
1961年に独立を求めるパプア人らが独立旗「明けの明星(モーニングスター)旗」を掲げて独立を宣言したことにちなみ、毎年12月1日は「独立記念日」とされている。しかしインドネシア当局は「独立記念日」も「明けの明星旗」も一切認めていない。
2019年は8月にジャワ島スラバヤでパプア人大学生に対する差別発言への抗議運動がインドネシア全土に広がり、パプア地方では一部が暴徒化して約30人が死亡した。
その影響もあり同年12月1日前後にはパプア地方は厳戒態勢が取られた。実際に暴動などは発生しなかったが「独立記念日」を前にパプア各地で「明けの明星旗」を所持していたパプア人が逮捕、検挙されて旗が押収される事件が相次いだ。
こうした経緯から今回の牧師殺害事件が発生してから、治安当局は12月1日に向けた警戒を強めており、牧師殺害事件もなんとかして早期に解決しようと懸命になっている。
混乱恐れ住民はジャングルに避難
しかし当局の捜査を一番困難にしているのはエレミア牧師が殺害された集落やその周辺の8つの教会とそのコミュニティーの人びとが、軍や警察による「殺人事件の捜査」に名を借りた強制連行、暴力行為などを恐れて山間部の奥深いジャングル(俗にブラックゾーンと呼ばれる人跡未踏に近い密林地帯)内に避難してしまったことが指摘されている。
つまり目撃証人を探そうにもジャングルへと逃げてしまい、誰にも話しが聞けない状況が続いているというのだ。
これは普段からパプア人住民が兵士や警察官といった治安要員に対して抱く気持ちを反映しているとされ、今回のエレミア牧師殺害事件でも「治安当局に見つかれば、彼らに都合のいい証言を強要されることは明らか」(パプア人活動家)であることからジャングル奥深くに逃げ込んだとみられている。
「独立の選択肢はない」と明言
国内治安を担当するマフード調整相は10月1日、ジャカルタで記者団に対して「より客観的なパプアでの事件の真相解明に全力で当たるように指示した」としたうえで「パプアは統合されたインドネシアの一部であり、独立という選択肢はないし、許されない」と改めて独立運動に対して釘を刺した。
さらにマフード調整相は「パプアの独立運動が外国人に先導されたものであるのか、地元からの運動なのかは不明である」との見方を示した。これはステレオタイプな政府の立場を改めて表明したものであり、政権内部でも12月1日への警戒感が広まっていることの反映とみられている。
[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など