最新記事

リーダーシップ

仕事の中で「人間らしさ」を取り戻すヒントは哲学にあり

What Philosophy Can Teach You About Being a Better Leader

2020年8月14日(金)13時20分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

哲学者たちは千年以上ものあいだ「よい人生」とはどんな人生か問い続けてきた(写真提供:石膏像ドットコム)

<職場の道具や歯車にならないために、偉大な哲学者たちから学ぶ「善の基準」>

職場で自分が「会社の単なる道具」「他人のために機能する歯車のひとつ」だと感じたことはないだろうか。本書『よきリーダーは哲学に学ぶ』(石井ひろみ訳、CCCメディアハウス)は、そんな問いかけから始まっている。

19世紀半ば、若きジャーナリストだったカール・マルクスは、労働者の悲惨な状況に憤慨していた。当時のヨーロッパは経済の効率化を推し進めようと躍起になっていた。多くの富を生み出すために、労働者は近代的な工場で精緻な設計図に基づいた単純作業を繰り返していた。仕事を通して自己実現どころか自己否定をするようになり、幸せを感じることもなく、頭も体も疲れていた。マルクスは、職場に人間らしさが欠けていると感じていたのだ。この問題を哲学の世界では、「疎外」と呼んでいる。

マルクスと同様に、現代の職場に人間らしさが失われていると危機感を抱いているのが、本書の4人の著者、アリソン・レイノルズ氏、ドミニク・ホウルダー氏、ジュールス・ゴダード氏、デイヴィット・ルイス氏である。それぞれロンドン・ビジネススクールなど一流のビジネススクールに所属している。

通常ビジネススクールでは、経済学やファイナンスに重きが置かれてきた。近年は心理学も取り入れられるようになっているが、哲学をビジネススクールのプログラムに伝統的に取り入れてきたのが、名門ロンドン・ビジネススクールだ。設立者のひとりであるチャールズ・ハンディが哲学を取り入れたのが始まりで、その教え子であり、本書の著者のひとりであるジュールス・ゴダード氏に引き継がれてきた。

本書では、哲学者たちの声に耳を傾け、現代の職場でだれもがぶつかるであろう問題と向き合う方法を提唱している。職場の「道具」や「歯車」にならないためにはどうしたらいいのだろうか。

哲学が教えるよい人生とは

心理学者は、「よい人生を送ること」は「いい気分になること」だと考えている。しかし、著者は、「いい気分」になることと「良い人生」を送ることが一致するとは限らないという。従業員が「自分は職場で充実している」と感じ、「従業員エンゲージメント調査」で数値化し、それを裏付けていたとしても、「真に職場で充実しているかどうか」は別の話なのだ。

ポジティブ心理学の創始者であるマーティン・セリグマンは、「よい人生」の概念を主観的な判断や個人の感情から切り離し、キャリアの成功や友情、芸術的センスの向上、哲学の修士号の取得など、価値ある探求に向けさせている。しかし、著者によると、どのように優先順位づけをすべきなのかは明らかではないという。より充実した人生を送りたいなら、より価値がある探求に取り組むべきなのだ。つまり順位づけをする客観的な基準、いわば「善の基準」が必要になる。

その「善の基準」を見つけるためのヒントが、哲学にあると著者はいっている。哲学者たちは千年以上ものあいだ、「よい人生」とはどんな人生か、そして「自分にとっての善」とは何かを問い続けてきた。それにより、誰もが自分の強みや可能性を最大限に発揮できるようにするためだ。「よい人生」について考えるとき、哲学は感情だけにとらわれず、その先にあるものに目を向けるべきだと教えてくれる。

人間中心の組織をデザインする

紀元前に存在したアリストテレスにとって、理性が「善の基準」だ。「真に人間らしく生きる」ことは、理性的に生きると同時に、他人もそうできるように手助けをすることである。「よい人生」を生み出す美徳とは、友情、寛大さ、勇気、粘り強さであり、このような「徳」はそれが発揮されるコンテキストと関連づけて考えることが大切になる。そうした場合に、「やりすぎ(過剰)」でもなく「やらなさすぎ(不足)」でもない、ちょうどいいアプローチ「中庸」を見つけるべきだという。そのためには学ぶことで理性を研鑽することが必要だ。

アリストテレスの時代も現代と同様に、きわめて不安定で先が見えず複雑であいまいだった。彼にとっての理想の職場は、おそらく理性を養い発揮する機会が豊富にあり、それを通して自らの人間性を高められる環境だったと著者は考えている。

<関連記事:部下の話を聞かない人は本当のリーダーではない

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中