最新記事

リーダーシップ

仕事の中で「人間らしさ」を取り戻すヒントは哲学にあり

What Philosophy Can Teach You About Being a Better Leader

2020年8月14日(金)13時20分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

一方で、19世紀後半に活躍したフリードリヒ・ニーチェの「善の基準」は、なんらかの面で卓越し、その才能を開花させることである。彼が提唱した哲学のテーマの中心は、人間らしさを封印された「群れ」から抜け出して高みに達することで、いかに人として繁栄するかというものだ。自らの人格と行動に責任を負うことで、自らの人生と価値観を創造していけると考えたのだ。

著者は、「アリストテレスの冷徹な理性とニーチェの情熱のどちらに魅力を感じるか」と問うている。どんな組織であれ、ニーチェリアン的精神である「情熱や大胆な試みが大きな意味をもつ機会」もあれば、アリストテレス派のように協力し合って徐々に改善するほうがいい場合もある。どちらにせよ大切なのは、人間中心の組織をデザインすることだと言っている。

リーダーとしての成功の秘訣

一般的にリーダーの役割は「指示を出し、ルールを定めることで、部下が集中して仕事に打ち込めるようにすること」と言われている。しかし著者は「リーダーとは自ら模範を示す人物であり、部下が成果を上げるためには公平さが必要だ」と考えている。


「お手本を示すことは、他人に影響をおよぼす主要な方法ではない。唯一の方法である」 (154ページ)

著者はこの格言を、リーダーとしての成功の秘訣をみごとに言い表していると言っている。力の行使は、その力の権威を利用しないほうが有益な結果をもたらすことになる。真のリーダーは本能的にそのことを心得ているので、権威の代わりに模範を示すのだ。人間は社会的な動物であるがゆえに、その振る舞いは、仲間に強く影響される。人は一緒にいる相手に似るものだ。常に他者をお手本とみなしてまねをし、自らを測る基準にしようとする。これを用いたテクニックははるか昔から使われ、「範例(模範とすべき例)」と呼ばれている。

この「範例」を用いたもっとも名高い人物が、1世紀ごろにギリシアにいた哲学者で神官、歴史家でもあるプルタルコスである。それぞれの人となりは理性、感情、習慣の組み合わせであり、人は激励されれば、自らの習慣を理性の力で変えようとするはずだと考えたのだ。お手本にするのは誰でもかまわない。その人の基準にかなうように振る舞えばいいのだ。たとえば、勇気が必要な状況に直面したら、勇気ある人物は同じ状況でどうするかを想像し、その通りに行動する。その人物のふりをすることにより、やがてその人物に近づくことができる。意識的に範例を使うことにより、人を良い方向に導こうとしていたのだ。

もし、自分が感じている「疎外」を追い払い、自分のエネルギーと影響力を誰もが輝ける環境づくりに役立てたいなら、自らの行動を変化させ、「この組織は、どんなふうにすれば人の役に立つのだろう」と考えてみることを著者はすすめている。自分がどんなお手本を示しているかに敏感になり、相手の立場に立つことが必要なのだ。

成果を求め、効率化や生産性を優先させた結果、「人間らしさ」は後まわしにされがちになる。しかし、成果と人間らしさの両立は決して不可能ではない。紀元前から近年の幅広い時代に活躍した偉大なる哲学者から、そのヒントを得ることができるだろう。


よきリーダーは哲学に学ぶ
 アリソン・レイノルズ、ドミニク・ホウルダー、
 ジュールス・ゴダード、デイヴィッド・ルイス著
 石井ひろみ訳
 CCCメディアハウス

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

<関連記事:部下の話を聞かない人は本当のリーダーではない

【話題の記事】
・コロナ感染大国アメリカでマスクなしの密着パーティー、警察も手出しできず
・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ
・新たな「パンデミックウイルス」感染増加 中国研究者がブタから発見
・韓国、ユーチューブが大炎上 芸能人の「ステマ」、「悪魔編集」がはびこる


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 10
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中