最新記事

BOOKS

「有罪判決を受ける理由は...おまえが黒人だから」冤罪で死刑囚となった黒人の物語

2020年6月18日(木)11時45分
印南敦史(作家、書評家)

そんなヒントン氏は、1986年12月15日に行われた裁判について、次のように記している。


 あの判決はまさしく私刑(リンチ)だった。法的にではあったものの、リンチであることに変わりはなかった。私が懸命になって呑み込もうとし、どうか消えますようにと祈っていた怒りは沸騰し、いまにも爆発しそうだった。
 私が犯した唯一の罪は、黒人に生まれたことだ。というより、アラバマ州で黒人として生まれたことだ。法廷に並んでいたのは、白人の顔ばかりだった――白い顔、顔、顔。板張りの壁、木製の調度品。法廷は荘厳で、威圧感があった。金持ちの邸宅の図書室に紛れ込んだ、招かれざる客になったような気がした。(18ページより)

この表現だけを見ても、ヒントン氏の冷静さや知性を感じ取ることができるのではないか。彼は母親から、決して肌の色や人種で人を判断してはならないと教えられて育っていた。

そのため逮捕、起訴され、有罪の判決を下されたときも、人種のせいだと考えないようにした。ところが、無実の貧乏な黒人より、罪を犯した金持ちを優遇するような司法制度の中で、彼に闘う手立てはなかった。

強盗容疑者として殺人罪で起訴されたヒントン氏に対し、アッカーという名の刑事が浴びせた言葉は強烈だ。「おまえがなにをしていようが、なにをしていなかろうが、関係ない。正直なところ、おれはな、おまえの仕業じゃないと思ってる。だが、そんなことはどうでもいいんだ。おまえがやってないのなら、おまえの兄弟のだれかがやったことになる。おまえは自分の責任じゃないのに罰を受けるんだよ」という言葉(これだけでもひどい話だが)に、こう続けたのだ。


「おまえが有罪判決を受ける理由を五つ、説明できるぞ。知りたいか?」
 いやだと私は首を横に振ったけれど、彼はそのまま話しつづけた。
「その一、おまえが黒人だから。その二、ある白人がおまえに撃たれたと証言するはずだから。その三、この事件の担当が白人の地区検事だから。その四、裁判官も白人だから。その五、陪審員も全員、白人になるだろうから」
 アッカーが言葉をとめ、にやりと笑った。
「で、どういう結末になるか、わかるか?」
 私は首を横に振ったが、彼の言わんとしていることはわかっていた。南部で育った人間に、彼の言っていることがわからないはずがない。まるで真冬に氷のように冷たいシャワーを浴びたみたいに、全身が麻痺した。
「有罪。有罪。有罪。有罪。有罪」。アッカーは左手の指を一本ずつ上げ、五本の指を広げると、てのひらを私のほうに向けた。(98〜99ページより)

こうしてヒントン氏は投獄されることになった。死刑囚監房の近くには死刑執行室があり、会話を交わしたこともある50人以上の死刑囚がそこで処刑される音と匂いを感じながら、長い時間をそこで過ごした。

【参考記事】Black Lives Matter、日本人が知らないデモ拡大の4つの要因

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日銀の国債大量保有、引き続き強い緩和効果持っている

ワールド

NATO、数十億ドルの対ウクライナ追加支援準備=事

ワールド

米・メキシコ国境の移民拘束、2月は過去最低水準 取

ビジネス

AWS、新技術の量子コンピューター用チップ公開 実
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:破壊王マスク
特集:破壊王マスク
2025年3月 4日号(2/26発売)

「政府効率化省」トップとして米政府機関に大ナタ。イーロン・マスクは救世主か、破壊神か

メールマガジンのご登録はこちらから。
メールアドレス

ご登録は会員規約に同意するものと見なします。

人気ランキング
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 3
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チームが発表【最新研究】
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    障がいで歩けない子犬が、補助具で「初めて歩く」映…
  • 6
    富裕層を知り尽くした辞めゴールドマンが「避けたほ…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    イーロン・マスクのDOGEからグーグルやアマゾン出身…
  • 9
    東京の男子高校生と地方の女子の間のとてつもない教…
  • 10
    日本の大学「中国人急増」の、日本人が知らない深刻…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中