世界最大のイスラム教国に新型コロナウイルスの脅威 5月断食月明けの帰省禁止検討、インドネシア
政府は今後禁止を含めて検討
インドネシアの地元メディアによるとジョコ・ウィドド大統領は今後帰省を禁止とするかどうかを検討する方針で、早ければ30日も関係閣僚による協議を始めると伝えている。
しかし国民の一斉帰省を禁止とする判断は容易でなく、各種の問題をどう解決するかが問われることになる。
すでに帰省の航空券や乗船券、列車の切符などを購入、予約している人たちの払い戻しやキャンセルに伴い発生する払い戻し金にどう対処するか。例年、帰省で最も多い移動手段である車とバイクによる個人的移動をどう制限するのか。帰省と他の要件による移動とをどう区別するのかなど、解決しなければいけない課題は多い。単に禁止を発令するだけでなく「帰省禁止」に実効性を持たせるためには運輸省や内務省、軍・警察という治安当局など他官庁、機関との連絡調整も必要になってくるからだ。
最大の課題は強制力とモラル
そして最も懸念されるのが、強制力を伴った「帰省禁止」を打ち出したところで、どれだけの国民が「禁止令を遵守するか」というモラル、順法精神の問題である。
違反者に罰則を科すのか、諭旨に留めるのか、身柄を拘束するのかなど禁止を徹底させるために公権力を行使するのか、それともあくまで国民の良心に期待するのか。
こうした難問はジョコ・ウィドド大統領や首都ジャカルタのアニス・バスウェダン州知事が感染者の急激な増加による感染拡大が深刻になっている現在でも「都市封鎖」という思い切った手段に最終的に踏み切れない「ジレンマ」と重なるものがあるといえるだろう。
フィリピンやマレーシアでは事実上の都市封鎖や外出禁止令などに対する違反者には逮捕を含む強い姿勢で臨んでいるのと比較すると、まだまだインドネシアの感染拡大防止のための諸施策や対策は「手ぬるい」との批判を免れない。
ジョコ・ウィドド大統領は都市封鎖に関連してこれまで「社会、経済に与える深刻な影響」を理由に判断を先送りしている。
しかしその理由はあくまで建て前で、実は強制力を伴う対策が都市部貧困層やその日暮らしの労働者の生活を圧迫し、不満に火をつけることになり、それが騒乱や暴動などという社会不安に発展することを危惧しているのではないかとの観測も強い。
近く開始されるとみられる政府の「帰省の禁止」に関する協議にしても「禁止が国民生活に与える影響」「イスラム教徒の不満高まり」など同様の懸念があることから、政権としても慎重にならざるをえないのは間違いないといえる。
日本でも拡大が続くコロナウイルスに関連して、もし「8月のお盆休み期間に国内外への移動が禁止」された場合を想定してみれば、今回のインドネシアが直面している「帰省禁止」の論議がいかに難しいものであるかが少しは日本人にもわかるかもしれない。
[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など
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