実写版『空母いぶき』をおススメできないこれだけの理由

2019年6月6日(木)20時40分
古谷経衡(文筆家)

まず、『宣戦布告』の原作では、北朝鮮の武装工作員が敦賀半島に潜水艦で上陸し、同半島内に立地する原子力発電所三か所(敦賀原子力発電所、美浜原子力発電所、高速増殖炉もんじゅ)が敵工作員のロケット砲による攻撃の危機にさらされ、最終的に自衛隊との交戦によってこれを駆逐するという内容である(「3.11」よりはるか前に描かれたこの作品の、危機管理シュミュレーション描写の高さは特筆すべきものだ)。

しかし実写版の『宣戦布告』では、北朝鮮は「北東人民共和国」という架空の国家として描かれ、敦賀半島に立地する三か所の原子力発電所が危険に陥るという設定は存在していないし、日本の民間人の犠牲者の有無も変更されている。が、「北東人民共和国」が北朝鮮を指すことは自明のものとして映画演出上描かれ、敵武装工作員が敦賀半島に上陸して自衛隊と交戦するという作品の根幹をなす世界設定はまったく変更されていない。

「日本が敵国から武力攻撃事態を受けて、内閣をはじめ各部署が奔走する」というテーマの中に、映画版『空母いぶき』と映画版『宣戦布告』を並列させてみると、前者は0点かそれに近いくらい低く、後者は60~70点という感触を持つ。

映画版『空母いぶき』が、原作の世界設定ばかりか、かわぐちかいじ先生という作家の持つ系統的な「戦後日本」および「戦後日本人」への問いかけというテーマそのものがほとんど無視され、このような形で実写化されたことについて、筆者は改めてかわぐちかいじ先生の大ファンとして怒りに近いニュアンスを表明して本稿を脱稿するほかない。(了)

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

furuya-profile.jpg[執筆者]
古谷経衡(ふるやつねひら)文筆家。1982年北海道生まれ。立命館大文学部卒。日本ペンクラブ正会員、NPO法人江東映像文化振興事業団理事長。著書に「日本を蝕む『極論』の正体」 (新潮新書)の他、「草食系のための対米自立論」(小学館)、「ヒトラーはなぜ猫が嫌いだったのか」(コアマガジン)、「左翼も右翼もウソばかり」(新潮社)、「ネット右翼の終わり」(晶文社)、「戦後イデオロギーは日本人を幸せにしたか」(イーストプレス)など多数。最新刊に初の長編小説「愛国奴」、「女政治家の通信簿 (小学館新書)

ニューズウィーク日本版 独占取材カンボジア国際詐欺
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年4月29日号(4月22日発売)は「独占取材 カンボジア国際詐欺」特集。タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英消費者信頼感指数、4月は23年11月以来の低水準

ビジネス

3月ショッピングセンター売上高は前年比2.8%増=

ワールド

ブラジル中銀理事ら、5月の利上げ幅「未定」発言相次

ビジネス

米国向けiPhone生産、来年にも中国からインドへ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは?【最新研究】
  • 2
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    日本の10代女子の多くが「子どもは欲しくない」と考…
  • 5
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 6
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 7
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 8
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 9
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 10
    欧州をなじった口でインドを絶賛...バンスの頭には中…
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 10
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中