メキシコ大統領の麻薬戦争終結宣言の裏に何があるのか──麻薬王裁判が大詰め
「麻薬カルテルのドンを逮捕するという直接対決は行なわない」と宣言したロペスオブラドール大統領 Edgard Garrido-REUTERS
<麻薬組織の暗躍により、最悪な治安状態が続くメキシコ。2018年の殺人件数は3.3万人と、過去最悪を記録した。そんな中、非暴力による治安回復を公約に掲げるロペスオブラドール新大統領が先週、「麻薬戦争の終結」を宣言。今後は、麻薬カルテルのドンを逮捕するという直接対決は行なわないと述べた。一方、メキシコからの麻薬密輸によりドラッグ汚染が蔓延する隣国アメリカでは、世界最大の麻薬カルテルのドン、「エル・チャポ」ことホアキン・グスマンの裁判が大詰めを迎えている。メキシコの政治家の多くは麻薬カルテルからの賄賂で骨抜きにされているというが、「エル・チャポ」の贈賄先にはロペスオブラドール大統領の元側近の存在も挙がる。麻薬戦争終結宣言の裏に、何があるのだろうか──>
現大統領は非暴力による「メキシコ革命」を提唱
長年中道右派と中道左派の2大政党の支配が続いたメキシコでは、昨年7月の総選挙で、新興左派政党「国家再生運動(MORENA)」を率いた元メキシコシティ市長のアンドレス・マヌエル・ロペスオブラドール氏が歴史的な勝利を上げた。治安悪化に苦しむ民衆が、フレッシュなリーダーによる抜本的な改革に期待した結果、得票率53%という大差での勝利となり、メディアには「新メキシコ革命」の見出しも踊った。
前任のペニャニエト大統領は、軍を投入して麻薬組織の首謀者たちを逮捕、時には射殺も辞さないという強硬路線を敷いたが、データが示す限り、それが犯罪率の低下に結びついたとは言えない。ちなみに、「エル・チャポ」は、逮捕・脱獄を繰り返した末にペニャニエト政権時代の2017年1月に、「オバマ前大統領への送別祝い」として、米側に身柄を引き渡されている。
12月に就任したロペスオブラドール大統領は、3年以内に凶悪犯罪を30-50%減らし、6年の任期でOECD諸国平均レベルまで犯罪率を下げるとしている。ただし、その手法は前任者とは正反対で、"非暴力"によってそれを達成すると唱えている。具体的には、麻薬犯罪に手を染めざるを得ない貧困層の若者たちへの奨学金支給を含めた教育・就労支援などを実施し、社会構造を抜本的に変えるというものだ。
「もう麻薬王を逮捕しない」
ロペスオブラドール大統領は1月30日、上記の政策の遂行を裏付ける形で、「麻薬戦争の終結」を宣言した。メキシコシティで行なわれた記者会見で、「就任から現在までに麻薬王を1人でも逮捕したか?」と記者に問われ、「戦争などない。公式に、もはや戦争はない。我々は平和を望んでおり、平和を実現しようとしている」と答えた(AFP)。
続けて、同大統領は、政府の目的は麻薬王の逮捕ではなく、あくまで「治安の回復と1日当たりの殺人件数の減少」だと述べた。さらに、「これからは、麻薬王たちは、逮捕されることはない。それが、我々の戦略ではないからだ。麻薬王たちに武装部隊を差し向けることは考えていない」とも述べた。
この発言の背景には、前々政権時代の2006年から始まった政府vs麻薬カルテルの戦争の結果がある。この10年余り、政府は麻薬カルテルのアジトに軍を差し向け、激しい銃撃戦の末に麻薬王たちを次々と逮捕してきた。しかし、それが組織の分裂を招き、かえって組織同士の抗争を激化させて多数の市民を巻き込む結果になったという批判がある。実際、各種データによれば、凶悪犯罪件数は増加の一途をたどっている。ただ、ロペスオブラドール氏の「福祉と教育による改革」にも、実効性を疑問視する声は多い。