メキシコ大統領の麻薬戦争終結宣言の裏に何があるのか──麻薬王裁判が大詰め
脱獄を繰り返した伝説の大ボス
メキシコの麻薬の最大の輸出先は隣国アメリカだ。トランプ大統領が強硬にメキシコ国境への壁の建設を主張する根拠も、根源を辿れば、アメリカに不法移民と麻薬をもたらすメキシコの不安定な社会情勢に行き着く。この壁問題も絡み、また、映画やTVドラマ顔負けのストーリーから、今、アメリカでは、ニューヨークで開かれている「エル・チャポ」の公判に大きな注目が集まっている。
スペイン語でズバリ「麻薬王」の異名を取るグスマンは、「世界最大の麻薬カルテル」と言われる「シナロア・カルテル」を率いてきた。非常に残虐で警戒心が強いと言われる男で、家族や愛人、側近も信用せず、常に周囲のやり取りを盗聴していたとされる。移動は装甲車という厳戒ぶりで、ライバルの暗殺、脅迫、誘拐も厭わない冷酷な姿勢で組織のトップに立った。
最初に逮捕されたのは、1993年。それから8年間、刑務所から麻薬密売の指揮を取り続け、アメリカへの引き渡しを恐れて2001年に脱獄。その際は、買収した刑務官に導かれ、洗濯物を入れたカートに紛れて脱走したという。2014年に再び逮捕されたが、2016年1月に、今度は独房のシャワールームの床下から外へと続くトンネルを通って脱獄。その1年後、麻薬戦争の遂行を掲げていたペニャニエト政権下で再々逮捕され、今度こそアメリカに引き渡され、現在に至る。
麻薬カルテルから大統領へ賄賂も?
「エル・チャポ」の公判は、アメリカのシナロア・カルテルの隠れ家の一つがあったニューヨーク・ブルックリンの連邦裁判所で、昨年11月から行なわれている。罪状は、麻薬密売、マネー・ロンダリング、殺人共謀罪で、検察側は終身刑を求刑した。その検察側最終弁論とロペスオブラドール大統領の「これからは、麻薬王が逮捕されることはない」という宣言が、同じ日に行なわれたのは、単なる偶然だろうか?
NYのゴシップ紙、デイリー・ニューズは、「連邦検察がエル・チャポの終身刑を訴える一方で、メキシコの大統領は、麻薬王たちは自由に空気を吸うべきだと宣言」と、皮肉を込めて報じている。グスマンは「あらゆる階層のメキシコの政治家、当局者を買収した」と指摘されているが、公判では、元部下が、「エル・チャポは、ペニャニエト前大統領を1億ドルで買収したと自慢していた」と証言。ペニャニエトサイドはこれを否定しているが、大きな波紋を呼んだ(ワシントン・ポスト)。
そのペニャニエト氏の"逆張り"で当選したロペスオブラドール新大統領がクリーンかというと、これにも疑問符が投げかけられている。グスマンの公判で提出された検察側の資料には、ロペスオブラドール氏が出馬・落選した2006年の大統領選で、同氏の陣営がシナロア・カルテルから賄賂を受け取ったという情報が記載されている。その裁判資料には、「問題になっている賄賂は、メキシコ現大統領の、落選に終わった10年以上前の大統領選に関わったある個人に支払われた」とのみ書かれているという(ニューヨーク・ポスト)。
「メキシコのボスが誰なのかがはっきりした」
ロペスオブラドール氏がどれだけ「エル・チャポ」や他の麻薬王たちと密接かは、ベールに包まれたままだ。しかし、麻薬戦争の終結宣言が、全米の注目を集める"麻薬王中の麻薬王"の裁判の重要なタイミングで出されたのは事実だ。グスマンの弁護団は、「元部下や政府による巨大な陰謀により、スケープゴートにされた」と無罪を主張している。そして、弁護人のエドゥアルド・パラレゾは、ロペスオブラドール大統領の宣言を受け、次のような意味深な発言をしている。
「今日のメキシコ大統領の発表は、誰がメキシコのボスなのかをはっきりとさせた」
重要なのは、「誰がボスか」ではなく、「誰が主役か」ではなかろうか。メキシコの主役は、メキシコ国民であり、大統領でも麻薬王でもない。