最新記事

マレーシア

マハティール首相「エネルギー政策で原発を選択せず」 過去の事故理由に中国の「新植民地主義」かわす?

2018年9月19日(水)20時34分
大塚智彦(PanAsiaNews)

マレーシアのマハティール首相(左)は8月の訪中時、中国の「一帯一路」を「新植民地主義」と批判していたが── REUTERS

<マレーシアのマハティール首相が前政権の原発導入政策を撤回すると宣言。その背景には原発の抱える問題のほかに、中国に呑み込まれまいとする意図も?>

マレーシアのマハティール首相が電力などのエネルギー源として原子力を選択することはない、との立場を明らかにし国策として「反原発」を宣言した。これは9月18日にクアラルンプールで開かれた「電力供給産業会議2018」の開会式で、マハティール首相が行った基調講演の中で明らかにしたもので「マレーシアは電力確保の手段としては既存の方法を踏襲し、原子力は選択肢にはない」と述べ、エネルギー政策から原子力を除外する姿勢を明確にしたのだ。

マレーシアはナジブ前首相が就任した直後の2009年6月に政府として2020年以降の発電オプションとして原子力を選択肢の一つとすることを明らかにしている。その後2011 年には「マレーシア原子力発電公社(MNPC)」が設立され、原子力発電所計画により原発初号機の運転開始を2021年とし、2030年までに原発2基を導入するなどの方針が示された。

こうしたナジブ政権の原子力政策にマハティール首相が「待った」をかけた形となった今回の「反原発」宣言だが、その決定の理由には必ずしも中国との巨大プロジェクトの見直し、中止に代表される「ナジブ政権の諸政策の再考」というアンチ・ナジブ的側面ばかりがあるわけではないとされている。

マハティール首相は2018年5月の就任以来、ナジブ前首相の汚職追及と同時に同前首相が進めた中国政府との巨大開発インフラプロジェクトである東海岸高速鉄道画や南部ジョホールバル近郊で進む大規模都市計画の中止や見直しを積極的に進めている。

表向きは「国内経済優先、国益重視の観点」がその理由とされているが、実際は中国の一方的な「一帯一路」構想による「新植民地主義」(マハティール首相の北京訪問時の会見)からの脱却が理由であるといわれている。

科学的問題未解決が決断の動機

エネルギー・技術・科学・環境省のイェオ・ビーイン大臣も傍聴した基調講演の中でマハティール首相は「科学の進歩にも関わらず原発からは放射能が漏れる事故があり、放射性廃棄物をどうするかという問題も全面的に解決していない」と指摘し、原子力を選択肢としない理由は純粋な原発に関する科学技術の問題であり、それを決断に至る理由として大きく強調している。

マハティール首相の念頭にはウクライナのチェルノブイリ原発事故そして日本の福島第一原発事故などがあり、原発での事故、放射能汚染廃棄物が周辺住民に与える影響が深刻であるという現状が「原子力はマレーシアのエネルギー問題の解決にはならない」と決断させるに至った主要な動機とされている。

その上でマハティール首相はマレーシアのエネルギー問題は既存の方法で賄っていくこととするとして「石油、石炭、水力、風力による発電」を従来通り推進する姿勢を示したのだった。

「原子力発電は石油発電よりコストが安いことは承知しているが、これら既存の電源は安定しており、環境にも優しい」と強調、原発除外はコストより安全性や環境面を優先した結果であることも力説した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米国との建設的な対話に全面的にコミット=ゼレンスキ

ワールド

米、ロシアが和平合意ならエネルギー部門への制裁緩和

ワールド

トランプ米政権、コロンビア大への助成金を中止 反ユ

ワールド

ミャンマー軍事政権、2025年12月―26年1月に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 2
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題に...「まさに庶民のマーサ・スチュアート!」
  • 3
    「これがロシア人への復讐だ...」ウクライナ軍がHIMARS攻撃で訓練中の兵士を「一掃」する衝撃映像を公開
  • 4
    同盟国にも牙を剥くトランプ大統領が日本には甘い4つ…
  • 5
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 6
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手…
  • 7
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 8
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 9
    ラオスで熱気球が「着陸に失敗」して木に衝突...絶望…
  • 10
    【クイズ】ウランよりも安全...次世代原子炉に期待の…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 3
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題…
  • 8
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 9
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 10
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中