最新記事

ロシア

イラン合意からの米離脱をプーチンが喜ぶ訳

2018年6月15日(金)16時30分
オーエン・マシューズ(モスクワ支局長)

シェールガスが勢いづく

プーチンは欧米と「長期の意地比べ」をしているつもりらしいと、資産運用会社ブルーベイ・アセット・マネジメントのティム・アッシュ上級ストラテジストは指摘する。「石油が値上がりすれば、プーチンは欧米に対して時間稼ぎができる」

アメリカの政策は原油価格高騰のお膳立てをしていると、専門家は言う。対イラン制裁の復活を受けて、世界の石油埋蔵量の47%を占める中東では緊張が高まった。大統領選の公正さが疑問視されている南米の主要産油国ベネズエラに対しても、米政府は制裁を強化する見込みだ。そうなれば国際市場に出回る原油はさらに減少する。

一方、OPECは17年1月以来、石油価格を少しずつ押し上げるべく協調減産を実施。サウジアラビアの仲介による16年12月の合意以来、ロシアも日量30万バレルの減産を実施してきた。仏エネルギー大手トタルのパトリック・プヤンヌCEOは数カ月以内に1バレル=100ドルに回復すると予測する。「世界は変わった」と、プヤンヌは5月、石油関連企業のトップらに語った。「地政学が再び市場を支配する世界だ」

ロシアにとって石油急騰はリスクも伴う。ロシアは原油に頼っているが、原油価格急騰を機に、より燃費がよく低価格のエンジンやバッテリーへの投資が増える。何よりロシア石油業界の戦略上の宿敵、アメリカのシェールガスの生産が急増する。

ロシアにとって理想的な石油価格は「50~55ドル」と、コンサルティング会社マクロ・アドバイザリーのクリストファー・ウィーファーは言う。ロシアの財政を均衡させる程度には高いが、石油に代わるエネルギー源や技術を勢いづかせて石油の長期的な将来性を損なうほど高いわけではない、というレベルだ。

シェールガスの動向で景気が左右されるような状況は、ロシアが何としても避けたいところ。だからこそロシアは、矛盾するようだがトランプのイラン核合意離脱計画に反対してみせた。セルゲイ・ラブロフ外相は合意離脱を「国際法を踏みにじるもの」と非難。ロシアはイラン石油産業に多額の投資をしており、それが打撃を受けかねないことも反対理由の1つだった。

とはいえ、当面のところは1バレル=80ドルでも見通しは明るい。ロシアは連邦予算均衡に必要な額を1カ月100億ドル上回る収入を得ることになる。ゴールドマン・サックスの予測では18年の経済成長率は3.3%で、欧米を上回る見込みだ。米大統領選への介入を理由にアメリカが新たな制裁を科したにもかかわらず、今年第1四半期のインフレ率は2%に低下した。

プーチンはアメリカに感謝しているに違いない。

本誌2018年6月19日号掲載

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 9
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中