なぜ人間は予測できない(一部の)サプライズを喜ぶのか
すでに本書では、2015年に人気の高かったスライドシェアの研究について紹介した。その結果からは、人びとの注目を長く引き留め、プレゼンターにとって有利な行動を引き出すためには、驚きが最も信頼できる予測因子であることがわかった。驚きがわずかでも(スライドの5〜10%)含まれていると、それだけで視聴者は心を動かされ、「いいね!」をし、シェアし、ダウンロードし、コメントし、自分のサイトに埋め込む。
驚きについて神経科学の側面から理解しておけば役に立つ。というのも、誰かを驚かせたら結果の良し悪しにかかわらず、その分だけ感情や関与が生まれるからだ。本章では、驚きを最高の形で創造し、相手の注目や記憶や行動に影響をおよぼすためのガイドラインを紹介する。
驚きはなぜ行動と結びつくのか?
私たちが驚くときには、脳のなかで2つのプロセスが進行している。発生したばかりの出来事に対する反応と評価だ。反応は素早く(0・15秒以下)、自動的で寿命が短く、意識的なプロセスには滅多になり得ない。発生した出来事に関する情報は高速経路を使って脳の扁桃体に送られるが、この領域では緊急事態に備え、受け取った情報に感情的な意味が当てはめられる。この高速経路は防衛的傾向が強く疑い深いので、驚きに直面すると、想定しうる最悪の事態に自然と適応してしまう。現実的に対応するよりも、危険を過大評価するほうが良い結果につながることを、人間は進化を通じて教えられてきたのである。
これに対し、ゆっくりした経路では、驚きを引き起こす出来事についての情報が迂回路を通って伝えられる。熟慮や評価に関わる領域である大脳皮質を通ってから、扁桃体に到達する。大脳皮質は発生した出来事について脳が評価する場所で、たとえば警戒をゆるめるよう扁桃体に命じ、「国歌を間違えたぐらいでは銃殺されない」と結論を下す。時間をかけて評価するプロセスは意識できるので、高速経路で進行している事態よりもこちらのほうが関わりやすい。
速いプロセスとゆっくりしたプロセスは往々にして対立するが、それは目指すゴールが異なるからだ。速いプロセスは潜在的な危険に迅速に反応できることを願うが、ゆっくりしたプロセスは状況を正確に評価して、次回のために準備することを願う。
驚きは予測誤差である
自然淘汰は未来を正確に予測できる人間にとって有利に働く。そのため、脳は常に早送りの状態へと進化を遂げた。この点を考慮して生物学的に考えれば、驚きは常に悪い要素として見なされるはずだ。未来についての予測が失敗したことに他ならないからだ。たとえばクリネックスのケアキットを思いがけず受け取ったときのように、事態が良い方向に進んだとしても、驚きは予測誤差である。