なぜ人間は予測できない(一部の)サプライズを喜ぶのか
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<体調の悪い人に勝手にケアキットを送り、マーケティングを大成功させた企業がある。どうすれば「驚き」をうまく活用できるのか。脳科学が解き明かす、顧客に忘れられないためのビジネス戦略>
驚き、斬新さ、感情、文脈といった15の変数をうまく組み合わせて使えば、「あなたについての記憶は相手の心に残り、狙い通りの行動が引き出されるだろう」と、認知科学者のカーメン・サイモンは言う。
人の行動の9割は記憶に基づくといわれる。ビジネスにおいては、いかに顧客に自社の商品やサービスを記憶してもらい、消費行動を取ってもらうかが重要だ。Adobe、AT&T、マクドナルド、ゼロックスなどの大企業を顧客に持つサイモンは、著書『人は記憶で動く――相手に覚えさえ、思い出させ、行動させるための「キュー」の出し方』(小坂恵理訳、CCCメディアハウス)で"忘れさせない"実践的なテクニックを紹介している。
ここでは本書から一部を抜粋し、4回に分けて転載する。第3回は「第5章 驚きのパラドックス――さらなる注目・時間・関与を獲得する代価」から、15の変数の1つである「驚き」について。驚きはなぜ行動と結びつくのだろうか。
※第1回:謎の大富豪が「裸の美術館」をタスマニアに造った理由
※第2回:顧客に記憶させ、消費行動を取らせるための15の変数
2013年、クリネックスはフェイスブックとパートナー関係を結び、体調の悪いユーザーにケアキットを提供することにした。このキャンペーンを支援したイスラエルの広告代理店スモイズは、フェイスブックの投稿から、体調の悪さを訴えているユーザーを探し出した。そしてユーザーのメールアドレスを突き止めてから、お見舞いキットを送って回復を願った。まさにサプライズ! キットを受け取った人たちは心から感激して、全員が――ひとりの例外もなく――素晴らしい経験とそれに対する感謝の気持ちをオンラインで報告した。その結果マーケティング活動は口コミが拡散していくバイラルキャンペーンに発展し、65万人以上の人びとの注目を集めたのである。
ただし驚きに対しては、常に寛大で好意的な反応が返ってくるわけではない。
1970年代、駐米ルーマニア大使のコルネリウ・ボグダンは、アメリカとルーマニアが対戦するテニスのデビス・カップを観戦するため、ノースカロライナ州シャーロットを訪れて、まったくべつのサプライズに直面した。少人数の軍楽隊が間違って、共産主義国家になる以前の王国時代の国歌を演奏し始めたのだ。驚いたのなんの! ルーマニア大使はショックを受けた。これよりも小さな災難に巻き込まれた部下に対し、チャウシェスク大統領[訳注:独裁的権力者として君臨していた]は残酷な態度で臨んでいたのである。幸い音楽はすぐに中断され、主催者はべつの行事に切り換えてから、今度は正しい国歌で開会式をやり直した。