エコノミスト誌が未来のテクノロジーを楽観視する理由
さて、スタンデージはこうした考え方に基づき、2050年の技術を予測している。
・仮想現実(VR)は、パソコンではなくスマートフォンが中核的デバイスとなる。ヘッドセットを持ち歩くことが当たり前のものとなるが、子どもへの悪影響など倫理的議論も巻き起こることに。
・自動運転タクシーの登場で、都市の車両数は90%減少する。その結果、途上国では車の「保有」よりも「共有」が一般的に。
・民間の宇宙テクノロジーが進歩し、ロケットの打ち上げ費用が劇的に下がる。21世紀中に宇宙旅行産業が当たり前のサービスになる可能性も。
・遺伝子編集技術が進歩し、遺伝子から遺伝子操作へと実践のステージが変化。結果として「デザイナー・ベビー」の誕生や、遺伝子の自己操作をどこまで容認するべきかなどの議論が起こる。
すべて現時点で台頭しつつあるものなので、実際にどうなるか断定できないことはスタンデージも認めている。しかしそうはいっても、かなりの高確率で実現しそうなことばかりではある。
【参考記事】AIはどこまで進んだか?──AI関連10の有望技術と市場成熟度予測
このように、本書ではそれぞれの分野についてかなり具体的な予想がなされている。そして見るべき点は、それぞれの論調が決して悲観的ではないことにある。
たとえば食糧問題を扱った第7章「食卓に並ぶ人造ステーキ」において『エコノミスト』科学技術担当エディターのジェフリー・カーは、「世界人口は約100億人に達するが、食糧危機は起こらない」と断言している。細胞培養を通じ、多くの食品が工場で製造されるようになるから、というのがその理由だ。
なお、こうした楽観論については、訳者があとがき部分で解説しているので、その部分を引用しておこう。
この姿勢は『2050年の世界』から引き継がれたものでもある。同書の冒頭で(筆者注:編集長のダニエル・)フランクリンは「暗い見通しが好きな未来予測産業の大多数とは対照的に、前向きな進展の構図を描き出そうとした」と書いている。もちろん執筆陣はテクノロジー至上主義者ではなく、テクノロジーのもたらす危険性も重々承知している。フランク・ウィルチェック(筆者注:第5章「宇宙エレベーターを生み出す方程式」を執筆しているマサチューセッツ工科大学〔MIT〕物理学教授)は核戦争、生態系の崩壊、AI戦争を最も重大な「故障モード」と称し、警鐘を鳴らす。
それでも執筆陣が楽観的な姿勢を貫くのは、人間には未来を選択する力があるという信念からだ。(379ページより)
それは、最終章「テクノロジーは進化を止めない」において繰り返し語られている「テクノロジーに意思はない」という言葉にも現れていると訳者は分析する。「テクノロジーに意思がある」という考え方は、たしかに私たちを不安にするだろう。しかし、未来において不可避なものはひとつもないと本書は主張しているのである。
必要以上の不安感に邪魔されることなく、冒頭で触れたように心を躍らせながら読み進めることができるのも、きっとそうした考え方のおかげだ。
【参考記事】ドローンは「自動車のない世界に現れた電気自動車」なのか
『2050年の技術
――英『エコノミスト』誌は予測する』
英『エコノミスト』編集部 著
土方奈美 訳
文藝春秋
[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダヴィンチ」「THE 21」などにも寄稿。新刊『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)をはじめ、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)など著作多数。
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