米軍は5年前、女性兵だけの特殊部隊をアフガンに投入していた
舞台裏で戦争を支える人々をも描くノンフィクション
本書『アシュリーの戦争』が優れているのは、世界最高の米軍の軍事力に支えられた特殊作戦の裏側を、そして知られざる特殊作戦の成功と失敗を、女性のベストセラー作家であるゲイル・スマク・レモンが、参加した女性兵たちの目線で追っているところだ。
女性兵自身が陰の功労者だから、当然、舞台裏で戦争を支える人々にも目がいく。彼女たちの家族、女性兵を育てる教官、後方支援に甘んじるしかなかった先代の女性軍人、アフガン系アメリカ人通訳、野戦病院の医療スタッフ、そしてCSTという特殊作戦プログラムの実現に向け苦労を重ねた軍人たちがそうだ。
そして、女性兵のユニフォーム、基地での食事、戦場でのメイク、トイレ事情といったことまで、我々の知らない戦場の日常をも、時に面白おかしく伝えてくれる。読者はまるでアフガニスタンの前線に立っているかのように、鮮やかにアフガニスタンを思い描くことができる。
そして、女性兵たちが話し掛けるアフガン女性と子供たちのことも――。
失敗から学んでいく米軍の決して美しくはない姿、現代の戦争のあり方、戦場での女性の役割、軍隊での男女の格差について知り、アフガニスタン戦争の行方について考えさせられる一冊だ。
印象的なセンテンスを対訳で読む
最後に、本書から印象的なセンテンスを。以下は、『アシュリーの戦争』の原書と邦訳からそれぞれ抜粋した。
●This is an opportunity for failure as much as it is one to succeed. Do not block out voices of opposition, study them and defeat their words and prejudices through brilliant action.
(成功を望む者もあれば、失敗を待つ者もいる。反対の声は遮断してしまわずに、その意図を汲み、その言葉や偏見に、立派な行動で打ち勝つこと)
――女性兵だけの特殊部隊が初めて結成されたとき、訓練担当の女性教官が、彼女たちに宛てて個人的に書いた手紙の一文。軍内の意見が二分していたことを物語っているが、これを女性兵はアフガニスタンへ向かう機内で何度も読み返す。彼女たちの後に続く女性兵のために失敗は許されないと決意を新たにする。
●These are the guys I'm going to be out there with. This country is still at war, despite the fact that no one even remembers it.
(「あの人たちと一緒にあたしはミッションに出て行くんだよ。誰も覚えちゃいないかもしれないけど、この国はまだ戦争してるんだから」)
――アフガニスタン派遣直前の休暇中の出来事。ある女性兵が友人や家族と一緒に時間を過ごす。そのときアフガニスタンで米軍に最大数の犠牲者が出たというニュースが流れた。が、誰もテレビに目を向ける人はいない。アメリカが戦争をしていることを一般の人は気にも留めないことを示すシーン。
●Women found them weird for wanting to go to war. Men found them threatening. For a long time Cassie thought this was a reality she alone had experienced, but then she got to know her new teammates.
(同性からは、戦争に行きたがるために変人扱いされてきたし、異性からは、自分たちを脅かす存在に見られてきた。キャシーは、長い間、そういう経験をしてきたのは自分だけだと思っていたが、彼女の新しいチームメートたちもそうだったのだ)
――特殊作戦任務を負った女性兵たちは、単なる同胞意識を超えた固い絆で結ばれている。言葉を重ねなくても自分を理解してくれる仲間に生まれて初めて出会ったのだ。
戦争に従事する者としない者の隔たりは大きいが、『アシュリーの戦争』はその溝を見事に埋めてくれる。男ではなく「女」を戦場に送ることで、読者も「相手の立場に立って」戦争の現実を見つめるからである。
『アシュリーの戦争――
米軍特殊部隊を最前線で支えた、知られざる「女性部隊」の記録』
ゲイル・スマク・レモン 著
新田享子 訳
KADOKAWA
トランネット
出版翻訳専門の翻訳会社。2000年設立。年間150~200タイトルの書籍を翻訳する。多くの国内出版社の協力のもと、翻訳者に広く出版翻訳のチャンスを提供するための出版翻訳オーディションを開催。出版社・編集者には、海外出版社・エージェントとのネットワークを活かした翻訳出版企画、および実力ある翻訳者を紹介する。近年は日本の書籍を海外で出版するためのサポートサービスにも力を入れている。
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