最新記事

中国

文革に翻弄された私の少年時代

2015年9月3日(木)17時15分

 文革当時、中国は隣国ソ連と深刻な対立に陥り、われわれ庶民はいつ戦争になってもおかしくないという危機感をもっていた。各家庭にもソ連の侵攻に備えて「乾糧(保存食)」が配布されたが、反革命分子のわが家の分は当然なかった。外に出るのがいやで、太陽を避けるように暮らしていたものだ。

 何より、父と母が同時にいなくなり、残された子供たちだけで暮らしていかなければならなかった。

 当時、一番上の兄は20歳になっていて、すでに就職して遠く離れた会社に通っていた。姉は農村に下放され、家に残ったのは4つ上の兄と、当時小学校4年生(10歳)の私、そして1歳下の妹。一番上の兄が夕方、郊外にある会社から必死に自転車をこいで帰ってくるが、昼間は幼い3人だけで過ごさなければならない。

 間もなく母は釈放されたが、"犯罪人"の一家に支払われる給料はない。家にお金はほとんどなく、コメがないときはイモを食べた。今も鮮明に覚えているのは、せっかく炊き上げたご飯を、すべて土間にぶちまけてしまったこと。土で真っ黒になったご飯を泣きながら洗って食べたのは、文字どおり苦い思い出だ。

 とにかく、家にお金がないことがつらかった。新しい服など買ってもらえず、いつも兄や姉のお下がりばかりを着ていた。

 そんなつらい暮らしのなかで、私が歌ったり踊ったりする様子は、父が連行されて泣いてばかりだった母にとって、これ以上ない癒しになっていたようだ。喜ぶ母の様子を見たことも、私がのちに歌舞団でダンサーをめざす動機になった。

 幸いなことに、父は1年半後に「平反(名誉回復)」されて、家に帰ってきた。すると、近所の人たちはそれこそ手のひらを返したように喜び、爆竹を鳴らして父の帰還を迎えた。不払いになっていた給料も1年半分がドンとまとめて手渡され、親戚の中にはそのカネをせびりに来る人たちもいた。

 私に言わせれば、中国の文革も、日本の現在の政局も、本質的には派閥争い、あるいは足の引っ張り合いにすぎない。もちろん、政治的な主義や主張の違いは、表面的にはある。だが、その根底にあるのは、政治家同士の好き嫌いや嫉妬心だ。立場が変われば、今まで冷淡だった人がもみ手しながら近づいてきたり、反対に、都合が悪くなると急に冷たくなったりするのは、中国も日本も同じだ。

 政治家を志す人間がこんな話をして、夢も希望もないと思うかもしれない。日本でも中国でも、政治家は往々にして建前しか語らない(本音を語るのは、もっぱらメディアとのオフレコ懇談だ)。そして有権者は、政治家を「政策に詳しく有能で弁が立って清廉潔白な聖人君子」と思いたがる。当たり前だが、彼らもただの人間だ。「聖人君子」も一皮剝けば、煩悩や嫉妬のかたまりというわけだ。

 もちろん、政治には夢も希望もある。ただ、それを実現するためには綺麗事だけではダメだ。政治の本質である人間同士のドロドロした部分を理解して、時にそういった感情とうまく付き合いながら、夢や理想の実現をめざす。

 文化大革命を肌で体験したことで、私は子供ながらに政治の本質を理解することができた。それは、日本の政治でもおそらく変わらない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米バークシャー、24年は3年連続最高益 日本の商社

ビジネス

ECB預金金利、夏までに2%へ引き下げも=仏中銀総

ビジネス

米石油・ガス掘削リグ稼働数、6月以来の高水準=ベー

ワールド

ローマ教皇の容体悪化、バチカン「危機的」と発表
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 5
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 9
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中