ユーロ危機から密かに世界を救った男
地味なドラギECB総裁の大胆な重債務国救済策は、出口の見えない連鎖危機から引き返す転機かもしれない
陰のヒーロー 世界がオバマ演説に目を奪われている頃、ECB総裁のドラギは大英断を下していた Alex Domanski-Reuters
この数週間というもの、アメリカ人の関心はもっぱら異常気象と、民主・共和両党の大統領候補が決まる4年に1度の党大会に向けられていた。だが、6日のバラク・オバマ大統領の指名受諾演説の注目度がいかに高かったとしても、この日の世界で最も重要な出来事はアメリカ政治とは無関係のところで起こった。
それは「ユーロを防衛するためあらゆる措置を取る」と言うマリオ・ドラギ欧州中央銀行(ECB)総裁の発言だ。具体的には、資金繰りに窮した重債務国の国債を、ECBが無制限に買い入れる新しい仕組みを導入する。支援が必要な国は、財政再建を約束して支援を要請するだけでいい。
この日のECB理事会とその後のドラギの記者会見は、ほとんどメディアに相手にされなかった。理由は簡単だ。選挙が分かりやすいのに対し、難解な専門用語や意味不明の略語に満ちた中央銀行の政策は魂に響きにくい。
ただアメリカでも株式市場と金融界での反応は例外だった。人気ロック歌手のコンサートを待つ少年少女のように大興奮でドラギの登場を待ち構えていた。ドラギも期待を裏切らなかったため、ダウ工業株30種平均は07年12月以来の高値まで上昇した。
だが一般のアメリカ人にとっては、ドラギ発言はこの日の十大ニュースにも入らなかったかもしれない。プロフットボールのジャイアンツとカウボーイズの試合や発売が迫る新iPhoneの噂話、そして民主党大会のオバマの演説のほうがはるかに重要だ。翌日には、注目の雇用統計も発表された(残念ながら低調だった)。
ヨーロッパにおいてさえ、FRB(米連邦準備理事会)が銀行救済を決めたときのアメリカの騒ぎと比べれば、ドラギの救済策は大した関心を集めなかった。欧州各国でも、ドラギではなくオバマをトップ扱いにした報道が大半を占めた。しかし扱いの大小にかかわらず、これが極めて重要なニュースだったことは間違いない。
ギリシャの財政危機が表面化した2010年初め以降、金融界はユーロに対する信用不安のため度々マヒ状態に陥ってきた。ギリシャ危機は瞬く間にアイルランドやポルトガルに拡大し、ついには経済規模がはるかに大きいスペインやイタリアにも飛び火した。
中央銀行廃止論は誤り
世界経済も動揺し、世界中の企業活動に支障が出た。問題解決があまりに困難に思えたことから根深い悲観主義や短期成果主義が広がり、人々は金融システムの崩壊まで予想するようになった。
過剰債務国では国債利回りが急騰し、経済はほとんど成長せず、失業者が急増した。その上、財政出動による景気浮揚を主張するスペイン、イタリア、フランスと、債務削減が先と主張するドイツの深い亀裂がさらなる不安をかき立て、ユーロ圏だけでなく国際金融システム全体をマヒさせた。
もちろん世界にはほかの問題もある。中国の成長はいつまで続くのか、アメリカはどこまで低成長と債務の膨張に耐えられるのか......。ユーロ危機前の08年には、アメリカで住宅ローンとその証券化商品のバブルが崩壊。世界金融危機が後に続いた。
安定的にいつまでも成長できる国はどこにもない。90年代後半から2008年までの間にグローバル化が進んだ金融市場は、今や国境を超えて相互につながっている。1カ所で起きた問題をそこに隔離しておくことはできない。