最新記事

台湾

馬英九勝利でも消えない中国への「ノー」

総統選挙で国民党の馬英九が苦戦の末に再選
中国との関係に揺れ動く台湾に生まれた新たな対立構造

2012年2月21日(火)13時01分
長岡義博(本誌記者・台北)

辛勝 再選を決め夫人と手をつないで支持者にVサインする馬英九(台北、14日夜) Pichi Chuang-Reuters

 若い頃から国民党のエリート街道を歩いてきた台湾総統の馬英九(マー・インチウ)にとっては、「苦戦」と言われることすら苦痛なのかもしれない。予想外の接戦と見られた先週の台湾総統選は、馬が得票率51・6%でライバル民進党の女性候補、蔡英文(ツァイ・インウェン)を下して再選。当選後の会見で馬は「51〜52%と予測した前日の党の調査結果どおり」と、メディアの追及をさらりとかわしてみせた。

 確かに689万票を得た馬と国民党にとって、609万票だった蔡との差80万票は想定内だったかもしれない。しかし前回の総統選では民進党候補に220万票差をつけた。今回の候補者が1人増えたことを差し引いても、後退だろう。

 対中融和派の馬が中国に批判的な民進党に苦戦した最大の原因は、やはり中国との関係だ。

 世界第2位の経済大国でカネだけはある中国だが、他国に誇るべき理念はない。馬が今回票を減らしたのは、「人権」や「民主主義」といった価値観を自分たちで育ててきた台湾人が、中国への違和感を消せないことが背景にある。

 昨年夏に中国人観光客の台湾向け個人旅行が解禁され、大陸から台湾にやって来る中国人の数は日増しに増えている。今や台湾を訪れる海外からの観光客の3分の1が中国人だ。ただ同じ中国語を話すとはいえ、中国人と台湾人は育った環境や文化が大きく違う。大騒ぎする中国人観光客に嫌気が差して、台湾人がほとんど寄り付かなくなった店もある。

 それでも、中国に対してあからさまな嫌悪感を示す台湾人は実はそれほど多くない。「大陸の中国人が行く店に台湾人が行かなくなるのは、単に感覚の違いにすぎない」と、台北の外資系銀行に勤める女性は言う。「カネに色があるわけではない。誰が使ったものでも台湾のためになるならいい」

民進党を動かす若者たち

 ただ嫌悪感はなくとも、消化し切れない中国への違和感は残る。今回の投票直前、「南方朔(ナンファンシュオ)」というペンネームで一貫して国民党を支持してきた著名ジャーナリスト王杏慶(ワン・シンチン)が馬を「譲れない価値観というものがない」とこき下ろし、蔡支持を表明して驚きを広げた。

「王の馬批判は、その背後にある中国にも向けられている」と、台湾人社会学者の林宗弘(リン・ツァンホン)は言う。投票行動を研究する林によれば、農民や低所得労働者層に加え、最近は若者が民進党の有力な支持基盤になりつつある。若者は民進党が強く打ち出す民主主義や人権といった理念に共鳴しているらしい。

 実際、今回の蔡の選挙運動では若者の姿が目立ち、民進党陣営は支持者の大学生に帰郷して投票するよう呼び掛けたほどだ。「35歳以下の7割が民進党支持というデータもある」と、林は言う。総統選で2連敗した民進党だが、今後、若年層の間で支持が広がれば、馬や国民党にとって大きな脅威となりかねない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米国との建設的な対話に全面的にコミット=ゼレンスキ

ワールド

米、ロシアが和平合意ならエネルギー部門への制裁緩和

ワールド

トランプ米政権、コロンビア大への助成金を中止 反ユ

ワールド

ミャンマー軍事政権、2025年12月―26年1月に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 2
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題に...「まさに庶民のマーサ・スチュアート!」
  • 3
    「これがロシア人への復讐だ...」ウクライナ軍がHIMARS攻撃で訓練中の兵士を「一掃」する衝撃映像を公開
  • 4
    同盟国にも牙を剥くトランプ大統領が日本には甘い4つ…
  • 5
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 6
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手…
  • 7
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 8
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 9
    ラオスで熱気球が「着陸に失敗」して木に衝突...絶望…
  • 10
    【クイズ】ウランよりも安全...次世代原子炉に期待の…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 3
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題…
  • 8
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 9
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 10
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中