最新記事

量子コンピューター

グーグル「シカモア」、中国「九章」 量子コンピューターの最前線を追う

A QUANTUM LEAP

2021年2月13日(土)17時35分
フレッド・グタール(本誌サイエンス担当)

グーグルの量子コンピューター「シカモア」(カリフォルニア州サンタバーバラ) HANNAH BENET/GOOGLE

<量子ビットを制する者が、未来の情報社会の覇者になる。グーグル、IBM、ベンチャー企業、中国政府......。究極の計算機「量子コンピューター」の勝者は誰になるか。いつ実用化され、世界の何を、どう変えるのか>

(本誌「いま知っておきたい 量子コンピューター」特集より)

数学者のピーター・ショアが量子コンピューターで走らせるアルゴリズムを開発したのは1994年のこと。当時そんなマシンは黒板に書かれた数式上にしか存在していなかった。

ショアが書いたのは素因数分解のアルゴリズムだ。素因数分解はインターネットのセキュリティーのアキレス腱のようなもの。ネット上を飛び交う情報は全て、素数の掛け算による暗号化で保護されている。

桁数の多い数値の素因数分解を実行できるコンピューターがあれば、他人の個人情報を簡単に盗み取れるのだ。
20210216issue_cover200.jpg
もちろんショアはそんなコンピューターを発明したわけではない。いつか開発される仮説上のコンピューター用にアルゴリズムを書いただけだ。

量子コンピューターは量子力学が明らかにした原子や原子より小さい粒子の奇妙な性質を利用して、複雑な計算を瞬時にやってのけるマシンだ。従来型のコンピューター(古典コンピューター)では何万年もかかる計算、いや、それどころか宇宙の寿命より長い時間がかかるような演算処理をあっという間に実行する。

ショアが目指したのは、量子コンピューターの演算能力を理論的に探ることだった。

「問題は量子力学をコンピューターに応用することで、演算能力が上がるかどうかだ」と、彼は1994年の論文に書いている。「まだ満足のゆく答えは出ていない」

magSR20210213aquantumleap-2.jpg

量子コンピューターのアルゴリズムを開発したショア ROSALEE ZAMMUTO

ショアの問いに「上がる!」と答えたのがグーグルの研究チームだ。2019年、独自開発した量子プロセッサー「シカモア」で実証実験を行い、「量子超越性」、言い換えれば量子コンピューターの威力を確認できたと発表した。

世界最速のスーパーコンピューターでも1万年かかる演算処理を「われわれのマシンは200秒で実行した」と、チームのジョン・マーティニスとセルジオ・ボイクソは公式ブログで誇らしげに報告している。

さらに昨年には中国科学技術大学(USTC)の潘建偉(パン・チエンウエイ)教授率いるチームが科学誌サイエンスに掲載された論文で、自分たちが開発した量子コンピューターは古典コンピューターよりも100兆倍速く演算を実行したと発表した。

これはグーグルのマシンの100億倍の演算能力に相当すると、中国国営の新華社通信は報じた。

この2つの発表はプロトタイプのマシンに演算を実行させた実証実験の報告にすぎず、実用段階には程遠い。

だが本格的な実用化に向けて既に巨額の資金が投じられ、グーグル、IBM、アマゾンなどの大企業をはじめ大学やベンチャー企業などのチームが続々と参戦、開発競争がヒートアップしている。

報道によれば、中国政府は100億ドルの予算をかけ、量子コンピューターと人工知能(AI)に特化した国立量子情報科学研究所を建設しているという。

アメリカでは連邦政府の量子コンピューター関連予算は10億ドルだが、それに加えて軍と企業が多額の投資を行っている。例えばグーグルとIBMはそれぞれ1億ドル以上を既に投入したとみられている。

量子コンピューターはただ高速の演算処理が可能なだけではない。古典コンピューターとは根底的に演算アプローチが異なるため、技術分野だけでなく社会全体を大きく変容させる可能性がある。

例えば量子コンピューターとAIを組み合わせれば、どんなことが可能になるか想像もつかない。中国がこの2つの技術を専門とする研究所を設立するのもただの偶然ではない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

「ロボタクシー撤退」の米GM、運転支援技術に注力へ

ビジネス

米キャタピラー、通期売上高は微減の見通し 需要低迷

ワールド

欧州委員長、電動化や競争巡りEUの自動車業界と協議

ワールド

米高裁、21歳未満成人への銃販売禁止に違憲判断
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 4
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 5
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 6
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 7
    「やっぱりかわいい」10年ぶり復帰のキャメロン・デ…
  • 8
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 9
    空港で「もう一人の自分」が目の前を歩いている? …
  • 10
    フジテレビ局員の「公益通報」だったのか...スポーツ…
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 4
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 5
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 6
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 9
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 10
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 5
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 10
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中