最新記事

量子コンピューター

グーグル「シカモア」、中国「九章」 量子コンピューターの最前線を追う

A QUANTUM LEAP

2021年2月13日(土)17時35分
フレッド・グタール(本誌サイエンス担当)

magSR20210213aquantumleap-5.jpg

2016年に中国が量子暗号通信の実験のために打ち上げた人工衛星「墨子」 XINHUA/AFLO

「0でもあり1でもある」状態

量子技術における中国の野心的な研究の進展は、1957年に人工衛星の打ち上げでソ連に先を越されたときのようにアメリカに大きな衝撃を与えた。何年か前までは外国の先端技術をコピーするだけだと思われていた中国だが、今や堂々たる技術大国だ。

2016年には量子暗号通信の実験を行うために衛星「墨子」を打ち上げた。量子暗号通信は量子コンピューターとは異なるが、やはり量子力学を応用した技術だ。

長期的には、アメリカが先端技術で中国に後れを取る可能性がある。中国は政府が率先して研究開発を進めているが、米政府の科学振興予算は減っている。

「連邦政府がイノベーションを促進するアクセルペダルから足を離したため、中国などに追い付かれてしまった」と、シンクタンク・新米国安全保障センター(CNAS)の技術・国家安全保障ディレクター、ポール・シャーレは嘆く。

気になるのはサイバーセキュリティーに与える影響だ。量子コンピューターが実用化されれば、ネットユーザーのプライバシーはどうなるのか。ある朝目が覚めたら中国政府にメールを読まれていた、などという悪夢が現実になるのだろうか。

グーグルのマーティニスが量子コンピューターに関わり始めたのは80年代。「まだ『量子ビット』という言葉もなかった」と、彼は言う。

量子ビットは量子コンピューターの基本的な情報の単位だ。古典コンピューターの基本単位である「ビット」という言葉を使っているが、ビットと量子ビットは根本的に異なる。

ビットは0か1だが、量子ビットは同時にその両方の状態にもなるし、0と1の間のあらゆる状態になり得る。これは「重ね合わせ」と呼ばれる現象だ。

量子ビットは1個の原子あるいは原子より小さい粒子で、量子力学の法則に従い、奇妙な確率的状態で情報を保存する。それは肉眼で見えるマクロな現象世界にいる私たちが体験したことのない状態だ。

1ビットは独立した情報単位だが、1量子ビットはアルバート・アインシュタインが「不気味な遠隔作用」と呼んだ「量子もつれ」の状態の一部で、他の量子ビットとペアになっている。

magSR20210213aquantumleap-4.jpg

「シカモア」を開発したマーティニス COURTESY OF JOHN MARTINIS

量子ビットは壊れやすい

マーティニスはカリフォルニア大学サンタバーバラ校で行った初期の研究で、原子や光の粒子である光子のような小さな粒子からどうやって情報を取り出すかという基本的な問題を探った。

単一の原子や光子を扱うためには、エンジニアリングの精度を極限まで高める必要があった。これらの極小粒子をそのままの状態に維持する一方で、コンピューターが演算を実行できるように他の粒子との相互作用を可能にするにはどうすればいいのか。

言い換えれば暗号化されたメッセージの解読など、大きな数を素因数分解するタスクを実行するため、「重ね合わせ」と「量子もつれ」の性質をどのように利用するのか。

「量子ビットを隔離しなければ、そのままの状態を維持できない」と、マーティニスは言う。「だが隔離してしまうと、他の量子ビットとの相互作用が不可能になる」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 9
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中