最新記事
化学療法

癌細胞を確実に攻撃する「魔法の弾丸」(米ミズーリ大学研究)

THE MAGIC BULLET FOR CANCER

2020年4月3日(金)17時35分
アリストス・ジョージャウ

標的細胞に確実に薬を運ぶ技術を確立できれば難治性の癌も抑え込める NOPPARIT-ISTOCKPHOTO

<核酸分子アプタマーを使って「癌細胞だけに薬を注入できれば、抗癌剤の副作用を最小限に抑えられる」。正常細胞を傷つけないナノ医療への期待と研究開発の現在地。本誌特別編集ムック「世界の最新医療2020」より>

正常な細胞を避けて、癌細胞だけに確実に薬を送り届ける。そんな「賢い運び手」を使った次世代型の分子標的治療が注目を浴びている。
202003NWmedicalMook-cover200.jpg
米ミズーリ大学の研究チームは以前から、この治療の実用化につながる新技術を研究してきた。外科・放射線医学、分子生物学、免疫学、化学工学の専門家から成るチームがこの特殊な「運搬技術」の確立と改良に取り組んでいる。

近年では癌細胞の特性に合わせた抗癌剤を投与することで、癌細胞の増殖を抑制したり、死滅させたりする化学療法が大きな治療効果を上げるようになった。ただ治療の効果はあっても、その一方で抗癌剤の副作用が患者の体を痛めつけるケースも少なくない。

「抗癌剤は副作用がきついものとして認識されている」と、ミズーリ大学の研究チームの一員、ドナルド・バークアグエロは言う。「毛包や腸の内膜など健康な組織にも負担がかかるからだ」

毛が抜けたり、嘔吐や下痢に苦しむのはそのためだ。

また、転移のない限局性の癌の治癒率は近年目覚ましく向上したものの、今でも転移した癌の予後はおおむね芳しくないと、バージニア工科大学生体医工学・科学大学院のスコット・バーブリッジ准教授(ミズーリ大学の研究には参加していない)は指摘する。「今の一般的な治療では、こうした全身性の癌に対して、十分に選択的、効率的な薬剤投与ができない。骨髄細胞など適切でない細胞を攻撃するか、癌細胞に届かないうちに体外に排出されてしまう抗癌剤も少なくない」

標的細胞に確実に薬を運ぶために、研究者たちが注目しているのがナノテクノロジーだ。

極小の「粘着テープ」

標的細胞に確実に薬を届ける技術は「癌研究の大きな課題の1つになっている」と、バークアグエロは言う。「体のほかの健康な組織をパスして、癌細胞だけに薬を注入できれば、副作用を最小限に抑え、可能な限り徹底的に癌をたたける」

ただしバーブリッジによると、正常細胞と癌細胞を完璧に識別するのは難しいため、今のところ患者への恩恵は限られている。そうしたなか、ミズーリ大学などの研究チームが試みているアプローチは期待が持てそうだ。

それは、アプタマーと呼ばれる賢いナノ粒子の性質を利用する方法だ。アプタマーは特定の分子と特異的に結合する性質を持つ核酸分子。人工的な合成が可能で、薬などの「荷物」を搭載できる。

「分子の3次元的な形状には、多くの場合、極小サイズの粘着テープのような小片があって、それに合う小片があればピタッとくっつく」と、バークアグエロは説明する。「2つの異なる分子にかみ合う小片があれば、その2つの分子はしっかりと結び付く」

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:ルーマニア大統領選、親ロ極右候補躍進でT

ビジネス

戒厳令騒動で「コリアディスカウント」一段と、韓国投

ビジネス

JAM、25年春闘で過去最大のベア要求へ 月額1万

ワールド

ウクライナ終戦へ領土割譲やNATO加盟断念、トラン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
2024年12月10日号(12/ 3発売)

地域から地球を救う11のチャレンジと、JO1のメンバーが語る「環境のためできること」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康体の40代男性が突然「心筋梗塞」に...マラソンや筋トレなどハードトレーニングをする人が「陥るワナ」とは
  • 2
    NewJeansの契約解除はミン・ヒジンの指示? 投資説など次々と明るみにされた元代表の疑惑
  • 3
    【クイズ】核戦争が起きたときに世界で1番「飢えない国」はどこ?
  • 4
    JO1が表紙を飾る『ニューズウィーク日本版12月10日号…
  • 5
    混乱続く兵庫県知事選、結局SNSが「真実」を映したの…
  • 6
    【クイズ】世界で1番「IQ(知能指数)が高い国」はど…
  • 7
    NATO、ウクライナに「10万人の平和維持部隊」派遣計…
  • 8
    健康を保つための「食べ物」や「食べ方」はあります…
  • 9
    韓国ユン大統領、突然の戒厳令発表 国会が解除要求…
  • 10
    シリア反政府勢力がロシア製の貴重なパーンツィリ防…
  • 1
    BMI改善も可能? リンゴ酢の潜在力を示す研究結果
  • 2
    エリザベス女王はメーガン妃を本当はどう思っていたのか?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    リュックサックが更年期に大きな効果あり...軍隊式ト…
  • 5
    ウクライナ前線での試験運用にも成功、戦争を変える…
  • 6
    健康体の40代男性が突然「心筋梗塞」に...マラソンや…
  • 7
    メーガン妃の支持率がさらに低下...「イギリス王室で…
  • 8
    「時間制限食(TRE)」で脂肪はラクに落ちる...血糖…
  • 9
    NewJeansの契約解除はミン・ヒジンの指示? 投資説な…
  • 10
    黒煙が夜空にとめどなく...ロシアのミサイル工場がウ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中