絵文字フィーバー日本から世界へ
アップルはかわいくない
当時は文字を構成するドット数が限られていたため、絵文字はまるで原始的な単細胞生物のように見えた。それでも、ちっちゃな顔マークやハートマークは、若い女性の心をつかんだ。とても「かわいい」からだ。
ボーイフレンドたちもこれに続き、やがて絵文字は大人気に。ところがドコモは絵文字を商標登録しなかった。「本部が法律顧問に相談したところ、12×12ドットのスペースでは誰でも似たような表現になるということで、断念した」と栗田は言う。これでドコモのライバル企業もこぞって絵文字を取り入れるようになり、普及に拍車が掛かった。
おかげで、08年に日本に初登場したiPhoneの売り上げは期待されたほど伸びなかった。アップル社のマック製品は、アメリカで業績不振の時代にも日本ではよく売れていたのだが。つまり絵文字が使えなかったから、世界のiPhoneブームに日本人は乗らなかったのだ。
そこでアップルのパートナー企業であるソフトバンクの孫正義社長は、「日本では絵文字のないメールはメールではない、とアップルを説得した」という。
この言葉は効いたようだ。アップルはすぐさま日本向けiPhoneを、絵文字が使えるようにアップデート。しかもグーグルと協力して、絵文字を文字コード規格「ユニコード」に変換できるようにした。そうすれば絵文字使用が世界に拡大する可能性が出てくるからだ。
しかしこれは皮肉にも、日本における絵文字人気の凋落を招くことになった。アップルとグーグルが欧米向けコンピューターと携帯電話で絵文字を使えるようにしたのは、絵文字の誕生から約10年後のこと。既にディスプレイ技術は、栗田が最初に手掛けたモノクロ画面から飛躍的に進んでいた。
欧米のデザイナーたちは、思い思いのコンセプトで絵文字を制作し始めた。時には日本の絵文字開発者をゾッとさせることもあった。「大半の日本人はアップルの絵文字をかわいいとは思わない」と、栗田は言い切る。「絵文字の本来の姿から離れてしまっている」
日本のユーザーも離れてしまった。日本で今、もてはやされているのはLINE。「スタンプ」と呼ばれるマスコットやマンガのキャラを自在に使えるメッセージアプリだ。絵文字も使われるが、遊び心に満ちたスタンプにお株を奪われている。