最新記事

インタビュー

物語にしばられ、しがみつく──為末大は「侍ハードラー」に酔い、苦しんだ

2020年5月15日(金)17時25分
Torus(トーラス)by ABEJA

為末:五輪経験のある選手から相談を受けたことがあります。もう一度五輪に出られると思うが、本当は迷っている、と。年齢を考えると、もう一度競技者として出るより、引退してビジネスの分野で五輪に臨んだほうがいろいろ経験できるかもしれない。本人はそう考えていました。

こんな考え、日本では軽々しく言えないでしょう? けれど人生は五輪後も続くと考えたら、一つの選択肢だと思いませんか。

「引退後」を悩んでいるアスリートは少なくありません。でも、関係者が多い分、表立って話せることが少ない。そういう選手は安心できる空間だと、本当によくしゃべります。

今は仕事として、アスリートや起業家と対面で話すことがよくあります。「こうすべきだ」ではなく「この人はこっちの方に進みたいんだろうな」と探りながら話します。

自分自身が「物語」に苦しんだ経験があるので、「物語」に苦しんでいる人がいたら、その人にあう新しい「物語」を提供できる人間でありたいです。

「物語」から逃れられないのなら自在に書き換えたい。

Torus_Tamesue8.jpg

──「物語」にとらわれている人に、どうアプローチするんですか?

為末:「白状」ですね。「僕はこんな感じで『物語』にとらわれてるよ」と先にさらけ出す。そうすると「そこまでは出していいんだな」という空気になります。その中で自分で自分を分析して、自分を物語ることで、少しずつ別の「物語」と自分を一致させていく。その繰り返しだと思います。

もう一つできることがあるとすれば、「あなたの今がこれまでの『物語』からズレていても、私はがっかりしないよ」と伝えることだと思います。本人が一番おびえるのは、今の「物語」から降りてしまった自分を、周りが失望して見放すことです。だから、今の「物語」にしがみついてしまう。

「物語」に苦しんでいる人に正論をぶつけても、何も解決しません。自分を縛りつけている「物語」から距離を取れるようになるには、本人が納得しないと始まらない。他者ができるのは、聞いて、聞いて、聞くことです。

こう話す僕自身も、実は「物語」にとらわれています。客観的な場所から「自分は『物語』から逃れている」と眺めているつもりでも、そんな自分もまた別の「物語」にとらわれている。

阿波踊りで「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々」とうたいますよね。人間として、「物語」から逃れられないのなら、もっと自在に書き換えて生きていきたいと思っています。

縛られている自分自身を笑ったり、楽しんだりするしかないですよ。どうせ縛られてしまうのならば。

(文:笹島康仁   写真:西田香織   編集:錦光山雅子)

Torus_Tamesue6.jpg

為末 大(ためすえ・だい)
1978年広島県生まれ。男子400メートルハードルの日本記録保持者(20年3月現在)。2001年、世界陸上エドモントン大会で3位となり、陸上スプリント世界大会で日本人初のメダルを獲得する。その3年後、大阪ガスを退社。賞金とスポンサー収入で生計を立てる「プロ選手」の道を選ぶ。05年の世界陸上ヘルシンキ大会でも再び銅メダル。3度の五輪(シドニー、アテネ、北京)に出場、12年に引退。現在はスポーツとテクノロジーに関するプロジェクトを手がける株式会社Deportare Partners代表、アスリートの社会貢献をめざす一般社団法人アスリートソサエティの代表理事。

※当記事は「Torus(トーラス)by ABEJA」からの転載記事です。
torus_logo180.png

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は続伸で寄り付く、米株高を好感 半導体株上

ワールド

米下院議長ら、トランプ氏の公判傍聴 「選挙妨害」と

ワールド

ウクライナ軍、ハリコフ州2地域で部隊後退 ロシアが

ビジネス

訂正(13日配信記事)-〔アングル〕米株式市場、反
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プーチンの危険なハルキウ攻勢

  • 4

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 7

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 8

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 9

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 10

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中