情熱と衝動とアニメ愛、日本で声優の夢をかなえた中国人・劉セイラ
「日本工学院で勉強させてもらって、さあ卒業という段階になって、またビザが問題になった。社会人として日本に残るには就労ビザが必要だが、そのためには毎月決まった金額のお給料がもらえる職業じゃないと駄目らしい、と。声優は仕事に応じてお金がもらえる歩合制が一般的で、それだと就労ビザはもらえない。
せっかく専門学校まで出たのに、日本で働けないの?!と絶望した。
そんなときに拾ってくれたのが今の事務所。在学中に中国で開催された声優とファンの交流イベントの司会や、『一休さん』の中国語プロモーションアニメの吹き替えといった仕事をしていたのを、池田克明さん(現・青二プロダクション執行役員)が見てくれていて、誘ってくれた。
ビザを取るのは大変だったようだけど、おかげで日本に残って声優として仕事をできるようになった。声優専業でビザが下りた初めての外国人だと思う。
振り返ると、絶対に日本に行く! 声優になる!と、いま思えば無謀な目標を立て、猪突猛進しては勘違いやリサーチ不足で壁にぶつかるということを繰り返してきた。なんとか声優になれたのは、川田先生や池田さんといった方たちの助けがあったから。縁に恵まれたんだと思う」
今や世界第2の経済大国となった中国。北京や上海には高層ビルが建ち並び、ショッピングモールには世界の商品が並ぶ。大都市だけならば、日本以上に先進的な街並みと言えるかもしれない。
生活も変わった。海外旅行はもうお金持ちだけの特権ではない。「桜を見るために、ちょっくら日本に行ってくる」という人も少なくない。こうした今の中国だけを見ていると、劉が直面してきた壁は理解できないだろう。中国の成長は猛スピードなだけに10年前は今とは別世界だったのだから。
「中国は本当に変わった。北京に戻ると街並みが全然違っているので違和感があるし、キャッシュレスが浸透しているから戸惑ってしまう(笑)。
声優を目指す道も変わった。いま中国アニメはすごい勢いで成長していて、レベルも上がっている。お金もあるので、アニメーターも声優の待遇も悪くない。私に憧れて声優を目指している若い子もいると聞くが、今なら中国のほうがチャンスは大きいと思う。
私自身も、お金のことだけを考えたら中国に戻ったほうが稼げる。大学時代には同人ラジオドラマの制作などオタク活動もやっていたけれど、そのときの仲間たちは今では中国アニメ業界で結構偉い人になっている。戻って来なよとよく言われるし、実際にオファーもある。
ただ、帰るべきかどうかをどうしても決断できなくて。なんで迷っているのか、自分でも分からなかったが、最近気が付いた。日本まで来て、困難な道を進んできたのは、自分の大好きな作品に出演したい、大好きな人たちと一緒に作品を作りたいという情熱があったから。
日中両国を股にかけて仕事をしていることで初めて見える景色もあるし、その価値はお金には変えられない。日本と中国、2つの世界に同時にいられるのは本当に幸せなことなので、中国だけにするのはもったいない。悩んで迷走している時期もあったが、最近やっと自分の原点や情熱のありかを再確認できた」