最新記事

映画

スコセッシのマフィア映画『アイリッシュマン』は円熟の境地

The Goodfella Now an Oldfella

2019年12月21日(土)14時10分
デーナ・スティーブンズ

さすがの怪演を見せるアル・パチーノ(手前) COURTESY NETFLIX

<最新作は年老いたヒットマンの回想。複雑に絡み合う時間と人物が老いと喪失を描き出す>

遠藤周作の原作を大胆に映像化し、17世紀の日本で棄教を迫られたポルトガル人宣教師の運命の選択を描いた161分の大作『沈黙-サイレンス-』(2016年)を見終えた時、筆者は妙な感慨に浸ったものだ。これがマーティン・スコセッシの最後の監督作なら、これもありかと。

もちろん、最後であってほしいと願ったわけではない。困難なテーマに挑んだ意欲とエネルギーからは、むしろ監督の尽きせぬパワーが感じられた。それでも主人公が最後に選ぶ「沈黙」は、別れの挨拶にふさわしく思えた。『グッドフェローズ』や『カジノ』などの作品で一貫して闇社会の男たちを描いてきたスコセッシが、あえて宗教の世界に切り込んだという点も、そう思わせた理由だろう。

だから、最新作『アイリッシュマン』を見た時は二重にうれしかった。とにかく最後ではなかったことがうれしいし、『沈黙』に負けず劣らず重いテーマ(生と死、信頼と裏切り、孤独)を、監督自身の知り尽くしたイタリア・マフィアの世界で深く描き出した点も感動的だった。

『アイリッシュマン』は実話に基づく物語で、舞台は20世紀半ばのフィラデルフィアだ。主人公は実在した伝説的な殺し屋フランク・シーラン(ロバート・デ・ニーロ)。トラック運転手から無慈悲な殺し屋に転身して闇社会を生き抜いた男だが、作品中の時間は逆向きに流れる。

オープニングの、例によって長回しのショットの最後にフランクが出てくる。年老いて車椅子に乗り、介護施設にいる。そして内なる声に導かれ、語り出す。自分はなぜ、今も生きているのかを。

若作り姿に目を見張る

自分は何をして、何のために(多くの人を殺して)生きてきたのか。それは210分という長尺をもってしても語り尽くせぬ重い問いだ。語ろうとしても語れず、語りの脈絡を逸脱しては越えていくもの。それが人生だと、この映画は教えてくれる。

回想の積み重ねで時は流れるから、デ・ニーロも共演の名優たちも(巧みなメークとコンピューター・グラフィックスのおかげで)だんだん若作りになっていく。慣れるまでに多少の時間はかかるが、実写でよくぞここまでと驚かされる。

最初に回想するのは、かつてのボス、ラッセル・バファリーノ(ジョー・ペシ)夫妻とのロードトリップだ。ハンドルを握っているのは、今より顔の皺(しわ)も白髪も少ないフランクだ。ただしマフィアの殺し屋&フィクサーとして過ごしてきた年月のせいで、ほとんど表情を失っている。

そこから時はさらにさかのぼり、まだマフィアに加わる前のフランクが登場する。配送トラックの運転手だった彼は、たびたび商品を盗んでは稼ぎの足しにしていた。

それがばれてフランクは訴えられるが、マフィアの弁護士(レイ・ロマーノ)に窮地を救われる。そしてこの弁護士がラッセルのいとこだった縁で、彼はバファリーノ・ファミリーの一員に。その後は冷酷な殺し屋として出世していくのだが、回想はさらに飛び、先の大戦中の兵隊時代に舞い戻る。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

新型ミサイルのウクライナ攻撃、西側への警告とロシア

ワールド

独新財務相、財政規律改革は「緩やかで的絞ったものに

ワールド

米共和党の州知事、州投資機関に中国資産の早期売却命

ビジネス

米、ロシアのガスプロムバンクに新たな制裁 サハリン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでいない」の証言...「不都合な真実」見てしまった軍人の運命
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 6
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 7
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 8
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 9
    巨大隕石の衝突が「生命を進化」させた? 地球史初期…
  • 10
    バカげた閣僚人事にも「トランプの賢さ」が見える...…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 5
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 8
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 9
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 10
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中