最新記事

映画

スコセッシのマフィア映画『アイリッシュマン』は円熟の境地

The Goodfella Now an Oldfella

2019年12月21日(土)14時10分
デーナ・スティーブンズ

magmovie191220_Irishman2.jpg

デ・ニーロ(右)やぺシなど老優たちがびっくりするほど若返って見える COURTESY NETFLIX

オープニングの長回しや刑務所での食事シーンなど、本作には『グッドフェローズ』と似たシーンが多くある。だが『グッドフェローズ』が若者の成長を描いたのに対し、『アイリッシュマン』は老いてなお生かされている殺し屋の悲哀を描く。そもそもフランクには、最初から暴力や組織に対する幻想もない。

それでも彼は、なぜか労働組合幹部であり闇社会の大ボスであるジミー・ホッファに引かれていく。ホッファを演じるのは、デ・ニーロの盟友アル・パチーノ。上映開始から1時間ほどで出てくるが、さすがの怪演である。

ホッファの用心棒となったフランクは、これまで以上の信用を獲得し、これまで以上に危険な役目を仰せ付かるようになる。そして最後には、ホッファをも殺してしまう。

背負ってきたものの重み

そのクライマックスの前に挿入されるのがホッファとフランクの家族の交流だ。ホッファのお気に入りはフランクの娘ペギー(アンナ・パキン)だが、頭のいい彼女は、仕事の時間が不規則で夜遅くに出掛けることの多い父が怪しげな世界に足を踏み入れていることに気付いていた。

ちなみに、この作品に登場する女性たちは概して影が薄い。この点に批判が出るのは覚悟しておくべきだろう。しかしフランクがその長い人生において、妻や娘たちとほとんど心を通じていなかったという重大な事実を、この存在感の希薄さが浮き彫りにしているのも事実だ。

複雑な回想を幾重にも積み重ねて一人の男の人生を描くには、きっと3時間半でも足りなかったに違いない。なにしろ本作の主人公は長く生きてきた男、愛する人のほとんどよりも長く生きてしまった男なのだから。

フランクの人生がその語りのリズムに合わせて大きくも小さくもなる(特定の日が妙に詳しく回想される一方で、何十年もの時間があっという間に過ぎることもある)表現手法は、チャーリー・カウフマンの『脳内ニューヨーク』に通じるものだ。あの映画も『アイリッシュマン』同様、老いと喪失をめぐる考察で物語を締めくくっていた。そしてどちらも、主人公の背負ってきた人生の重みをずっしりと感じさせる。

3時間半の上映時間があっという間に過ぎるとは言うまい。しかし編集で削っていいシーンがあったかと言えば、一つもなかったと思う。撮影は名手ロドリゴ・プリエトだし、BGMの選択や時代考証も完璧だ。

時は流れ、往年の「グッドフェローズ」も既に老境に入った。そして私たちも、いずれは年を取る。

THE IRISHMAN
『アイリッシュマン』
監督/マーティン・スコセッシ
主演╱ロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノ
ネットフリックスで配信中

©2019 The Slate Group

<本誌2019年12月24日号掲載>

【参考記事】スコセッシ『沈黙』、残虐で重い映像が語る人間の精神の勝利
【参考記事】なぜイタリアはテロと無縁なのか

20191224issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

12月24日号(12月17日発売)は「首脳の成績表」特集。「ガキ大将」トランプは落第? 安倍外交の得点は? プーチン、文在寅、ボリス・ジョンソン、習近平は?――世界の首脳を査定し、その能力と資質から国際情勢を読み解く特集です。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中