最新記事

映画

パリ北駅のピアノから始まったある天才の成長物語

The Future Is In Your Hands

2019年9月27日(金)16時30分
大橋希(本誌記者)

パリの北駅で耳にしたマチュー(右)の演奏に、ピエールは心をつかまれる ©R É CIFILMS-TF1 DROITS AUDIOVISUELS-EVEREST FILMS-FRANCE 2 CINEMA-NEXUS FACTORY-UMEDIA 2018

<クラシック音楽を愛する監督の思いが詰まった『パリに見出されたピアニスト』>

楽器もできず楽譜さえ読めないが、とにかくクラシック音楽を愛してやまないというルドビク・ベルナール監督。彼の思いが結実した映画が『パリに見出されたピアニスト』だ。

主人公はピアノが好きで天賦(てんぷ)の才を持ちながら、恵まれた環境になく荒れた生活を送っている青年マチュー(ジュール・ベンシェトリ)。ある出会いを機に、多くの壁にぶつかりながら本物のピアニストになっていく。

映画の冒頭、パリの北駅の雑踏の中で「ご自由に演奏を!」と書かれたピアノをマチューが一心に弾いている。パリ国立高等音楽院のディレクターであるピエール(ランベール・ウィルソン)が驚いたように耳を傾けているが、演奏を終えたマチューは警官に追い掛けられ......。

ベルナールの実体験から生まれた場面だ。「クラシック音楽を題材に脚本を書きたいとずっと思っていたが、切り口を思い付かないまま時が過ぎていた。そんなある日、パリのベルシー駅に置かれたピアノを若い男性が弾いているところに出くわした。驚くほど素晴らしいショパンのソナタで、これは映画の冒頭になる! と直感したんだ。それから電車に乗って2時間くらいで物語の骨格を書き上げた」と、彼は本誌に語る。

これはマチューの成長を描くと同時に、あらゆる対比――富める者と貧しい者、才能と努力、クラシックとラップ、音楽界の伝統と改革――を映し出す物語でもある。その1つの要素が、マチューが暮らすパリ郊外の低所得地帯「バンリュー」。この地区を初めて正面から取り上げたのはマチュー・カソビッツ監督の『憎しみ』だが(ベルナールはこの作品で助監督を務めた)、20年以上たっても貧困や格差の象徴として存在すると改めて感じさせる。

マチューを演じた新鋭ベンシェトリは、名優ジャンルイ・トランティニャンの孫でもある。「80人ほどオーディションをしたが彼に会った瞬間、マチューだと思った」とベルナール。無口で穏やかだが粗野な部分も持つ、矛盾を抱えるようなところに引かれたという。ピアノの経験はなかったベンシェトリだが、数カ月かけて指の動きや感情表現を身に付けていった。

それぞれの名曲の意味

そんな彼が奏でるショパンの「ワルツ 第3番 イ短調」やリストの「ハンガリー狂詩曲 第2番」といった名曲もこの作品の大切な「登場人物」だ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

ドル一時142.88円、半年ぶり安値 米関税懸念払

ビジネス

午前の日経平均は大幅反落、米中摩擦の激化を警戒 円

ワールド

米最高裁、エルサルバドル誤送還の男性帰国求める下級

ワールド

フィリピン中銀総裁、利下げに慎重姿勢=ブルームバー
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ関税大戦争
特集:トランプ関税大戦争
2025年4月15日号(4/ 8発売)

同盟国も敵対国もお構いなし。トランプ版「ガイアツ」は世界恐慌を招くのか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    公園でひとり歩いていた老犬...毛に残された「ピンク色」に心打たれる人続出
  • 2
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 3
    「やっぱり忘れてなかった」6カ月ぶりの再会に、犬が見せた「全力のよろこび」に反響
  • 4
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 5
    「ただ愛する男性と一緒にいたいだけ!」77歳になっ…
  • 6
    投資の神様ウォーレン・バフェットが世界株安に勝っ…
  • 7
    コメ不足なのに「減反」をやめようとしない理由...政治…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    まもなく日本を襲う「身寄りのない高齢者」の爆発的…
  • 10
    右にも左にもロシア機...米ステルス戦闘機コックピッ…
  • 1
    公園でひとり歩いていた老犬...毛に残された「ピンク色」に心打たれる人続出
  • 2
    ひとりで海にいた犬...首輪に書かれた「ひと言」に世界が感動
  • 3
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 7
    ロシア黒海艦隊をドローン襲撃...防空ミサイルを回避…
  • 8
    「やっぱり忘れてなかった」6カ月ぶりの再会に、犬が…
  • 9
    「吐きそうになった...」高速列車で前席のカップルが…
  • 10
    紅茶をこよなく愛するイギリス人の僕がティーバッグ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    公園でひとり歩いていた老犬...毛に残された「ピンク色」に心打たれる人続出
  • 3
    ひとりで海にいた犬...首輪に書かれた「ひと言」に世界が感動
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の…
  • 6
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中