天皇と謁見した女性経営者グラハム(ペンタゴン・ペーパーズ前日譚)
映画では名優メリル・ストリープがキャサリン・グラハムを演じた ©Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co., LLC.
<スピルバーグ監督作『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』は、ワシントン・ポスト社主キャサリン・グラハムと編集主幹ベン・ブラッドレーを描く物語。その前日譚ともいえる「ブラッドレー起用」までの経緯をグラハムの自伝から抜粋する>
スティーブン・スピルバーグ監督による話題作『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』が3月30日に公開される。脚本/製作はリズ・ハンナ。彼女が本作の脚本を書くきっかけは、自伝『キャサリン・グラハム わが人生』(97年刊行、小野善邦訳、CCCメディアハウス)を読んだことだった。
キャサリン・グラハムは、ワシントン・ポスト社の社主であったユージン・メイヤーの娘。その父から敏腕経営者の夫フィルに経営は引き継がれたが、フィルの突然の死でキャサリンが社主となる。
しかし、お嬢様育ちでつい先日まで専業主婦であった彼女に対しては、社内外から冷ややかな視線があった。そもそも女性が第一線でばりばり働くこと、しかも経営者としてリーダーシップを取ることが想定されていない時代であったからだ。
しかし、キャサリンは周囲の予想に反し、ペンタゴン機密文書事件、そしてウォーターゲート事件という米メディア史上最大のスキャンダルで大決断を下し、一地方紙に過ぎなかったワシントン・ポストを世界的な有力紙に育て上げる。
ペンタゴン機密文書事件を題材としたスピルバーグの映画では、そのキャサリン・グラハムをメリル・ストリープが、編集主幹ベン・ブラッドレーをトム・ハンクスが演じる。
ここでは、自伝を再構成した新刊『ペンタゴン・ペーパーズ――「キャサリン・グラハム わが人生」より』(小野善邦訳、CCCメディアハウス)の第2章から、キャサリンが社主となった直後に日本やベトナムに外遊し、ブラッドレーを起用するところまでを3回に分けて抜粋する。
ワシントン・ポスト傘下にあったニューズウィークの、野心あふれるワシントン支局長ブラッドレーをポストの編集局長に――。いわば、映画の前日譚とも言える箇所だ。
夫に先立たれた女性にとって、その直後の一年間は、恐ろしくつらいものである。私の場合も例外ではなかった。しかし、一年が過ぎる頃には、その深い悲しみも、外の世界に順応していける程度には耐えられるようになる。そして外の世界は、その人の身に何が起ころうと関係なく、いつもの活動を続けているのである。
仕事の難しさは、依然として巨大な壁のように立ちはだかっていた。業務で人と付き合う方法について、私には何の知識もなかった。また、人が私をいかに細かく観察しているかについても、ほとんど分からなかった。会社では、何気ない無意識のボディーランゲージに至るまで、私のすべての言動が、思いもよらない強烈なメッセージとなって伝わっていった。
このような無知に加えて、私はそれまでの人生を非常に個性の強い人たちとともに過ごしていたために、一面では静かで目立たないが、骨身を惜しまず働く社員の多くに対して無関心であったようにも思う。社員の中には、貴重な才能を秘めてはいるが、その才能が常時輝くように目立っているわけではないタイプの人びとがいる、という事実に気がつくだけでも、相当の時間が必要だった。非常に遅いペースであったには違いないが、私は次第に、仕事の成果がすべてを語るのであり、発展のためには社員は時として助力を必要とするものであり、また組織が正常に働くためにはあらゆる種類の人を必要とすること、などを学んでいったのである。