マイケル・ムーアの豊かな国探し
アメリカで同等のサービスを受けようとすると、個人や自治体は、はるかに多くのコストを負担しなければならない。すかさずムーアは、アメリカ人が納めた所得税の59%以上が、軍事費になることを指摘する。
銃社会の矛盾を描いた『ボウリング・フォー・コロンバイン』、高額医療問題を取り上げた『シッコ』など、ドキュメンタリーの手法でアメリカの問題をあぶり出してきたムーアは、今回もヨーロッパ諸国の「普通」を見せることで、アメリカの「異常」を浮き彫りにする。
フィンランドの小学校は授業時間が短いのに、子供たちの学力は世界トップクラスだ。スロベニアは大学の授業料が無償だし、ドイツは今もナチスを生んだ反省に多くの時間を割いている。ポルトガルは麻薬を非犯罪化して、麻薬の管理に成功した。
ノルウェーの刑法は、犯罪者の更生を前提としているため、刑務所はちょっとしたリゾートホテル並みの施設をそろえている。
アイスランドは、政府と企業の管理職に女性が占める割合が世界一高い。
民族の均質性には触れず
ヨーロッパの富裕国は今世紀初め、アメリカの保守派が社会主義と呼ぶセーフティーネットを整備することで、経済が悪化しても豊かな生活を維持してきた。だが、同じくらい豊かな国であるはずのアメリカでは、同じことが起きていない。
ヨーロッパでは、長い休暇や有給の産休や無償の医療は、ある程度豊かになった国が市民に保障するべき当然の権利だと考えられている。いかにもアメリカ中西部出身の、でっぷり太った観光客然としたムーアの旅は、観客を爆笑させながら、そのことを教えてくれる。
ただ、この映画には欠点もある。例えばムーアは、アメリカの麻薬関連法は、安価に働かせることができる黒人受刑者を大量に生み出したことで、事実上奴隷制を復活させたと主張する。それは検討に値する議論かもしれないが、この映画の本筋からは脱線し過ぎだ。
それにムーアは、ヨーロッパ諸国は民族の均質性が比較的高く、自立心の高い移民の国アメリカよりも共同社会的政策を取りやすいことが、社会保障制度の違いを生んでいるのかもしれない、といった原因は探らない。
その結果、皮肉にも『次はどこを侵略しようか』は、ひどく悲しい映画になってしまった。ヨーロッパという「ユートピア」に、星条旗を担いで踏み込んだムーアは、ひたすら持論を展開する、デブで哀れな負け組アメリカ人の典型に見えてしまうのだ。
[2016年1月12日号掲載]