不倫はインフルエンザのようなもの(だから防ぎようがない?)
ところで少し前に、動画サイト「VICE」で「障がい者の性 - Medical Sex Worker」というコンテンツを見たことがある。手足の麻痺などのため自力で射精行為ができない男性に対し、ケアスタッフが介助を行う「射精の外部委託」に関するドキュメンタリーだ。サポートを受けた人の「障がい者も人間なんで」という言葉がこのサービスの価値を代弁しているし、意義のあることだと感じた。
突然そんな話題を持ち出したのは、動画で取り上げられていた「ホワイトハンズ」というNPOの代表こそ、本書の著者だからだ。終章でそのことに触れているため気づいたのだが、ここでいきなり、介護を得ない限り欲求を満たすことができない人と、(理由はどうであれ)不倫をしている人たちを同列に扱うことには疑問を感じた。ホワイトハンズに関する記述はわずか8行にすぎないが、少しばかり違和感があったのだ。
しかしどうあれ、本書の本質的な趣旨は、終章で取り上げられている「ハームリダクション」という概念に集約されていると言えるだろう。
薬物政策の世界で「ハームリダクション(harm reduction)」と呼ばれている政策がある。これは、「有害使用の低減」という意味で、簡単に言えば、「薬物使用がこの社会からなくならないのであれば、撲滅だけに躍起になるのではなく、薬物使用に伴う現実的なリスクを下げることを目的とすべし」という政策だ。(中略)不倫に関しても、このハームリダクションの概念を応用して社会的な処方箋を出していくべきではないだろうか。不倫の当事者を非難したり、法律で罰したりするだけでは問題は何も解決しない。(248~249ページより)
とはいえ、ハームリダクションも通用しない現状もあるようで、たとえばそのひとつが「貧困」にまつわる問題だ。一例として挙げられているのは、エイズが蔓延しても不倫を止めることのできない南アフリカ共和国の現状である。
これほどまでにHIVが蔓延しているにもかかわらず、不倫や浮気によるパートナー以外とのセックスに乗り出す人が大勢いる。(中略)この背景には、短い平均寿命、苦しい生活、出口の見えない失業や貧困の中で、唯一気の休まる場所が「愛する人とのセックス」になっている、という現実がある。(中略)そういった環境に置かれている人たちに、いくら「貞操を守れ」と言っても通じない。(250ページより)
これは、とても納得できる考え方ではないだろうか? 先に触れたとおり、部分的には共感できない箇所も少なからずあるものの、この部分こそが本書の核であるように感じた。
しかし、もしもそうだとするならば、南アフリカよりも経済的に恵まれた環境にある我が国において同じようなことが行われている以上、この国にもまた、南アフリカにおける貧困やHIVとはまた異なる病理があるともいえるだろう。
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『はじめての不倫学――「社会問題」として考える』
坂爪真吾 著
光文社新書
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[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。書評家、ライター。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「Suzie」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、多方面で活躍中。