「地球が株主」──利益を100%未来に投資する、パタゴニアが示す企業の新しい責任とは?
PATAGONIA FOR THE PLANET
環境意識の高いアウトドア愛好者に人気のブランド「パタゴニア」は、創業者イボン・シュイナードの決断により、その利益の100%が環境NGOによって使われることになった COURTESY PATAGONIAーZUMA PRESS/AFLO
<財団が営利企業を経営することは珍しくないが、超富裕層による「慈善資本主義」の危険性もある。このジレンマにパタゴニアはどう挑戦するのか>
これで地球が唯一の株主になった――。
アメリカのアウトドア衣料大手パタゴニアの創業者であるイボン・シュイナードがそう言ったのは、昨年9月のこと。家族で保有する同社の発行済み株式30億ドル相当を、全て気候変動対策などのために寄贈すると発表したときだった。
これにより今後は、環境NGOのホールドファスト・コレクティブがパタゴニアの全利益(年間1億ドル程度)を受け取ることになった。同NGOは、アメリカの内国歳入法により課税を免除される非営利団体で、連邦政府の気候変動対策についてロビー活動も行っている。
パタゴニアは昔から型破りだった。1973年に設立され、85年以降は売上高の1%を環境保護活動に寄付してきた。2002年には同様の活動を行う企業連盟「1%フォー・ザ・プラネット」を立ち上げて、世界中の企業が参加する大きな運動に育て上げた。
また、従来の石油由来に代えて植物由来のネオプレン(ウエットスーツの原材料)を開発し、ライバル企業にも提供するなど、持続可能な取引慣行を業界全体に広げる努力をしてきた。さらに、社会的・環境的に優れた行動を取る企業の認証「Bコーブ」の取得や、パタゴニア製品を長く使うためのプラットフォーム「ウォーンウエア」の立ち上げにも取り組んできた。
だが、創業一家が環境保護のために株式を全て譲渡することは、こうした試みとは全く別次元の大胆な決断だ。これが企業の社会的責任の絶対的な基準になるのだろうか。
株主至上主義の呪縛
そもそも企業の利益と地球環境の間には、緊張をはらんだ関係がある。経営学の世界では、利益と持続可能性を両立させるシナリオを発見する研究に力が注がれてきた。例えば、価格の高い持続可能な製品を、環境意識の高い消費者に買ってもらう一方で、材料効率を高めてコスト削減を図るといった具合だ。
だが多くの場合、現実的なシナリオは存在せず、パタゴニアも長年試行錯誤を続けてきた。11年の歳末商戦では、環境インパクトを理由にベストセラーのジャケットを買わないでほしいと訴えるキャンペーンを張った(皮肉にも、この広告によって同社の売り上げは4倍増となった)。
シュイナードは13年、「責任ある製法を採用することは良い出発点になるが、結局は消費を減らさなければ『持続可能な経済』は実現しない」と、利益とサステナビリティーのバランスを取る難しさをブログに書いている。
多くの企業にとって大きなハードルとなるのが、上場企業で特に顕著に見られる株主至上主義、つまり企業の目的は株主の利益の最大化であるという考え方だ。このため、シュイナードはパタゴニアの株式公開を避けてきた。
そして今回、無議決権株式(シュイナード家が保有していた全株式の98%)をホールドファスト・コレクティブに移してパタゴニアの利益を受け取れるようにする一方で、議決権株式(全体の2%)を目的信託「パタゴニア・パーパス・トラスト」に移すことにより、事実上、この信託がパタゴニアを経営していくことになった。
信託や財団が営利企業を経営することは、決して新しいアイデアではない。北欧諸国では、カールスバーグ(デンマーク)やイケア(スウェーデン)など財団所有の企業のほうが一般的だ。その業績も、投資家が所有する企業と同等であることが分かっている。
ただ、この新しいモデルには潜在的なリスクがある。シュイナードが希望したように進歩主義的な気候変動対策を推進するのに役立つ一方で、それに反対する大義にも利用できるのだ。
民主主義を傷つける懸念
企業が、政治的大義や特定の候補者を擁護する組織に利益を寄贈することは、超富裕層が自身が関心を寄せる大義を推進するために莫大な寄付をする「慈善資本主義」の新しいバージョンと見なされるかもしれない。
既にアメリカでは、10年に連邦最高裁が下したシチズンズ・ユナイテッド判決以降、個人や企業による政治献金の上限が撤廃され、富裕層や大手企業がカネにものをいわせて自らに有利な法規制を策定(または撤廃)しやすくなった。これは民主主義のプロセスを傷つける恐れがある。
企業の利益が全て環境NGOに入るようにした「パタゴニア・モデル」は、果たして企業経営における利益追求と持続可能性実現のジレンマを解決し、企業の社会的責任の絶対的な基準になれるのか。パーパス・トラストは、「故郷である地球を救うためにビジネスを営む」というパタゴニアの企業理念をどう解釈していくのか。
こうした問いへの答えは、今後の環境インパクトと、パタゴニア製品とアドボカシー活動がもたらす社会的利益のバランスによって決まる。
パタゴニアは新たな所有構造を、「成長と環境インパクトの間にある緊張を無視する口実にしない」と明言している。少なくとも、こうした真摯な態度を維持している限り、同社が企業の社会的責任を大きくリードし続けるのは間違いないだろう。
Graeme Auld, Professor, Public Policy, Carleton University and Janina Grabs, Assistant Professor of Business and Society, ESADE
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.