「上に行くエスカレーター?」と迷わせたら、デザインの負け
ユーザーを迷わせ、その行為を途切れさせてしまう「バグ」を解消するのは、本来はデザイナーの仕事だ
迷いの「バグ」 近くまで行かないと向きがわからないエスカレーターに、不満を頂いたことはないだろうか(『問題解決に効く「行為のデザイン」思考法』より)
デザインが気に入って買ったけれど、持ち帰ってみたら使いにくかった、あるいは、合わなかった。そんな経験をしたことはないだろうか。
どんなにカッコよかったとしても、それは「良いデザイン」ではない。デザイナーであり、京都造形芸術大学大学院でSDI(ソーシャルデザイン・インスティチュート)の所長を務める村田智明氏に言わせれば、今デザインに求められているのは見た目の美しさだけではないのだ。
村田氏は、人の行動に着目し、改善点を見つけてより良く、美しくしていくための手法として「行為のデザイン」を提唱している。どういうことかと言うと、例えば会議室のような広い部屋に必要なのは、美しいスイッチ盤ではなく、暗闇で照明をつけようとしたときに、どのスイッチが天井のどの照明と対応しているか迷わなくて済むようなスイッチ盤だ。あるいは、ショッピングセンターや駅の構内に必要なのは、「上に上がろう」と思って近づいたら「下り」だったという失敗をしないで済むような、遠目でもどちらの方向に動いているかがわかる視認性が高いエスカレーターだ。
大切なのは、ユーザーがスムーズに目的の行為を進められるようにすること。そして、そのためには開発者や技術職、営業職など、デザイナー以外の人からも複合的な知恵を結集しなければならない。村田氏は、それらを達成する新しいデザインマネジメントの手法を『問題解決に効く「行為のデザイン」思考法』(CCCメディアハウス)で余すところなく解説。パナソニックや富士通、コクヨファニチャーなど多くの企業が導入し、実績を挙げたワークショップの開き方まで伝授している。
これまで2回、本書の「第1章 行為のデザインは、開発力を加速させる」から一部を抜粋したが、それに続き「第2章 バグの種類とその解決法」から一部を抜粋し、前後半に分けて掲載する。村田氏によれば、ユーザーの行為を止めてしまう「バグ」は8種類にパターン化でき、それぞれにソリューションがあるという。ここでは、そのうち2種類のバグを紹介しよう。
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『問題解決に効く「行為のデザイン」思考法』
村田智明 著
CCCメディアハウス
※抜粋第1回:不都合や不便を感じるデザインでは、もう生き残れない はこちら
※抜粋第2回:店頭での見栄えだけを考えた商品は、価値がない はこちら
※抜粋第3回:「ゴミを捨てないで」が景観を損なってしまうという矛盾 はこちら
2.迷いのバグ(パープレキシティ・バグ)
目的に向かって行動しようとしているのに、迷いが生まれて動きが止まってしまう、または逆戻りしてしまうのが迷いのバグです。
第1章で書いたように「その行為が流れるように行われる」のが美しい行為であり、私たちがめざすデザインです。迷いのバグがあると行為の美しさは途切れ、損なわれます。
多くの人が出会うバグに、エレベーターの開閉ボタンがあります。私たちはドアが閉まりそうなときに誰かが乗ろうとするのを見ると、あわてて「開」ボタンを押します。しかしエレベーターによって開閉ボタンの位置が逆だったり、開閉の文字が一瞬読み取れずに迷ったりして、うっかり「閉」ボタンを押してしまう場合があります。特に漢字になじみのない外国人や、弱視の人には同じ文字に見えるかもしれません。
漢字の代わりに▲で開閉を示すボタンはさらに迷いを生じさせています。一見すると内側に角が向く「閉」のサインのほうが空間が広く見え、開いているように感じてしまうからです。こういったバグはきれいなフォントやレイアウト、美しいピクトグラムとは違う次元の問題だということがわかると思います。本来は、デザイナーの仕事でこういった迷いのバグはなくすべきなのです。
そこで以前、学生に「エレベーターのボタンデザインを考えよう」と課題を出して、みんなでアイデアを出し合ったことがあります。
出されたデザインに学生が投票して圧倒的な一位に輝いたものがありました。それは目と口で表現された顔がベースになっていて、「開」は「口がパカッと開いている顔」、「閉」は「口がギュッと閉じられている顔」なのです。開閉の概念が子どもにも伝わるデザインで、アイコンのシンプルさを持ちながら温かみが感じられるのです。