しわも不安もない優良企業
豊胸手術に使うインプラントも同じだ。確かに09〜10年には豊胸手術の件数は減った(ボトックスなどに比べて費用が高いし、手術を受けると数日は仕事ができなくなるからだろう)。だが今年に入り、アラガンのインプラントの売上高は14%も伸びているとピョットは言う。
米ブランドの一般消費者向け商品の例に漏れず、アラガンの製品も国外で新たな市場を獲得している。ブラジルやインドや中国などの新興国では、美容整形ができるくらいの経済力を多くの人が手にしつつある。
「この数年のブラジル市場はまるで天国だった。ブラジル文化への一般的イメージそのままだ」とピョットは言う(要するに豊胸手術への需要が高いということだ)。そして中国でも「わが社は消費者の欧州高級ブランド志向にぴったり合った」。驚いたことに、不景気なはずの欧州でも豊胸手術への需要は落ちていない。「わが社は南欧の人々の支出に対する優先順位にもうまく合致した。南欧では外見や着る物、おいしい食事が重視される」とピョットは語った。
もちろん、虚栄心を満たすための製品はアラガンのビジネスの半分にすぎない。同社は残る半分の売り上げを、眼科の医薬品から得ている。そのほとんどが医師の処方薬だ。
英スコットランド出身のピョットは、アメリカ企業の繁栄を支えた要因の1つは技術革新だと強く訴える。近年、多くの企業が基礎研究や製品開発に掛ける予算を減らしているというのに、アラガンはその逆だ。09年に6億7500万ドルだった研究開発費は11年には8億5800万ドルに増加し、13年には10億ドルに達する見通しだ。
全従業員1万500人のうち、約19%が研究開発に携わっている。この秋にはニュージャージー州に新しい研究施設を開設し、400人の研究員を増員する。「09年の景気後退から学んだのは、家の改装に着手したら、途中で止めてはならないということだ」とピョットは言う。
1つの薬に多くの効果
研究員たちはしわ取り以外のボトックスの応用方法を日夜探している。現在では「美容用途は(ボトックスの売上高の)半分にすぎない。残る半分は治療用だ」とピョットは語る。ボトックスは85カ国で25種類の症状の治療薬として認可されている。昨年には、米食品医薬品局(FDA)から脊椎損傷やパーキンソン病、多発性硬化症の患者の尿漏れの治療薬として認可を受けた。10年には慢性の片頭痛の治療薬としても認可されている。
もっとも経営者の頭痛を癒やすのに、業績増に勝る薬はない。オバマ政権による医療保険制度改革で負担が増えたと業界全体が悲鳴を上げるなか、ピョットの口からオバマへの恨み言は聞こえてこない。制度改革によって今年は1億1000万ドルのコスト増が発生するだろうと言いつつも、眉間にしわを寄せるほど困ってはいないらしい。まさにボトックスさまさまだ。
[2012年11月21日号掲載]