新興国発「食料インフレ」の恐怖
先進国特有の事情のおかげで食品価格高騰を実感せずに済んできたが、そのモラトリアムももう終わる
忍び寄る影 ケロッグのように既に値上げを始めた食品メーカーもある Sarah Conard-Reuters
次に地元のスーパーに行ったとき、世界を騒がせているインフレの兆候を探してみるといい。おそらく何も見つからないだろう。バナナや朝食用のシリアル、牛乳は1年前とあまり変わらない値段だ。米労働統計局(BLS)によれば、一般食品の値段は09年に0.5%減少した後、2010年に1.5%ほど増加しただけだ。
ただエジプトやバングラデッシュは違う。ここ数カ月の間、経済学者や活動家たちが懸念するとおり、食料価格は高騰し続けている。今週公表された世界銀行の報告書によれば、昨年10月から今年1月にかけて食料価格は15%増えた。1年前に比べれば30%の増加だ。最近の世界銀行の物価指数を見ると、記録的だった08年の数字まであと3%というところに迫っている。
FAO(国連食糧農業機関)の1月の食料価格指数は過去最高を記録した。小麦価格は昨年夏の2倍になり、トウモロコシ価格は昨年6月から75%増加。砂糖と食用油の価格も急増しており、このままでは破壊的な結果をもたらす可能性がある。世界銀行によれば、食料価格の高騰によって昨年6月以降、4400万人が極度の貧困状態に陥っているという。
なぜこれほど急激な食料インフレが起きているのか。そして、この価格高騰はいつアメリカを襲うのか。
バイオ燃料ブームと天災が原因
食料価格の高騰には様々な要因が絡んでいる。まず農家がエタノールの原料になるトウモロコシや、バイオディーゼルの素になるヤシ油といったバイオ燃料向けの穀物生産にシフトしていること。アメリカは最近、大量のトウモロコシを燃料用にスイッチしたが、10年前にはありえなかったことだ。バイオ燃料用にまわる穀物は、今や世界全体の穀物供給量の6・5%を占める。植物油では8%だ。こういった穀物の争奪戦が価格を引き上げている。
2つ目の理由は単純な需給バランスだ。途上国では食料を購入する人の数が増えている。さらに彼らは以前よりも肉を好んで購入するようになっており、その結果牛や豚を飼育するための穀物が必要になる。需要が高まるのまさにその時に、供給側にも問題が起きている。ロシアやオーストラリアといった重要な食糧供給国が深刻な干ばつと洪水に苦しめられているのだ。
間接的な力も作用している。商品先物取引だ。価格の動向を先読みして投資するトレーダーの動きは、穀物や燃料の価格をさらに上昇させる。一方でFRB(米連邦準備制度理事会)は、過去2年の間に金融緩和で数兆円分の紙幣を印刷した。その結果アメリカの金利は下がり、投資資金が増え、こうしたカネが新興市場に流れ込んでインフレを引き起こした(ベン・バーナンキFRB議長は今月初め、食料価格上昇は新興市場の急速な経済成長によるところが大きいと語った)。
いずれにせよ、食料価格バブルが危機的水域に達しつつあるのは明らかだ。では、なぜアメリカで価格が高騰していないのか。1つの理由は、アメリカ人やほかの先進国が消費するの食料品では「ドリトス」やホットドッグなど加工食品の割合が高いこと。加工食品の価格は、原料価格より人件費や販促費などに左右される。食料そのものの価格からはかなりかけ離れた価格構造になっているのだ。