最新記事

世界経済

新興国発「食料インフレ」の恐怖

先進国特有の事情のおかげで食品価格高騰を実感せずに済んできたが、そのモラトリアムももう終わる

2011年2月18日(金)18時00分
アニー・ラウリー

忍び寄る影 ケロッグのように既に値上げを始めた食品メーカーもある Sarah Conard-Reuters

 次に地元のスーパーに行ったとき、世界を騒がせているインフレの兆候を探してみるといい。おそらく何も見つからないだろう。バナナや朝食用のシリアル、牛乳は1年前とあまり変わらない値段だ。米労働統計局(BLS)によれば、一般食品の値段は09年に0.5%減少した後、2010年に1.5%ほど増加しただけだ。

 ただエジプトやバングラデッシュは違う。ここ数カ月の間、経済学者や活動家たちが懸念するとおり、食料価格は高騰し続けている。今週公表された世界銀行の報告書によれば、昨年10月から今年1月にかけて食料価格は15%増えた。1年前に比べれば30%の増加だ。最近の世界銀行の物価指数を見ると、記録的だった08年の数字まであと3%というところに迫っている。

 FAO(国連食糧農業機関)の1月の食料価格指数は過去最高を記録した。小麦価格は昨年夏の2倍になり、トウモロコシ価格は昨年6月から75%増加。砂糖と食用油の価格も急増しており、このままでは破壊的な結果をもたらす可能性がある。世界銀行によれば、食料価格の高騰によって昨年6月以降、4400万人が極度の貧困状態に陥っているという。

 なぜこれほど急激な食料インフレが起きているのか。そして、この価格高騰はいつアメリカを襲うのか。

バイオ燃料ブームと天災が原因

 食料価格の高騰には様々な要因が絡んでいる。まず農家がエタノールの原料になるトウモロコシや、バイオディーゼルの素になるヤシ油といったバイオ燃料向けの穀物生産にシフトしていること。アメリカは最近、大量のトウモロコシを燃料用にスイッチしたが、10年前にはありえなかったことだ。バイオ燃料用にまわる穀物は、今や世界全体の穀物供給量の6・5%を占める。植物油では8%だ。こういった穀物の争奪戦が価格を引き上げている。

 2つ目の理由は単純な需給バランスだ。途上国では食料を購入する人の数が増えている。さらに彼らは以前よりも肉を好んで購入するようになっており、その結果牛や豚を飼育するための穀物が必要になる。需要が高まるのまさにその時に、供給側にも問題が起きている。ロシアやオーストラリアといった重要な食糧供給国が深刻な干ばつと洪水に苦しめられているのだ。

 間接的な力も作用している。商品先物取引だ。価格の動向を先読みして投資するトレーダーの動きは、穀物や燃料の価格をさらに上昇させる。一方でFRB(米連邦準備制度理事会)は、過去2年の間に金融緩和で数兆円分の紙幣を印刷した。その結果アメリカの金利は下がり、投資資金が増え、こうしたカネが新興市場に流れ込んでインフレを引き起こした(ベン・バーナンキFRB議長は今月初め、食料価格上昇は新興市場の急速な経済成長によるところが大きいと語った)。

 いずれにせよ、食料価格バブルが危機的水域に達しつつあるのは明らかだ。では、なぜアメリカで価格が高騰していないのか。1つの理由は、アメリカ人やほかの先進国が消費するの食料品では「ドリトス」やホットドッグなど加工食品の割合が高いこと。加工食品の価格は、原料価格より人件費や販促費などに左右される。食料そのものの価格からはかなりかけ離れた価格構造になっているのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中