コラム

新型肺炎:1人の医師の死が引き起こす中国政治の地殻変動

2020年02月10日(月)13時10分

7日未明、「われわれは言論の自由を求める」というスレッドが中国SNSの微博で開設されると、その日の朝7時までには200万以上の閲覧があり、5500以上のコメントが書き込まれた。多くの人々の命を奪った新型肺炎の拡散も李医師の死も全部、政府による情報隠蔽と言論統制の結果であるから、今こそわれわれは言論の自由を真剣に求めなければならない――という言説がスレッドの主流となった。

同じ7日、湖南省長沙市にある長沙富能というNGOが声明を発表。李医師の名誉回復と、李医師のための「国葬」を行うことを提言した。国家が「警笛を鳴らす人」を弔うことによって、言論を発する権利の大事さを国民にアピールすべきだ、というのだ。

名門大学の清華大学の一部OBも「全国同胞に告ぐ書」を発表した。「(言論統制による)真相の抹殺はすなわち殺人行為」として、ネット上の言論に対する弾圧を断固と反対し、憲法によって規定されている国民の権利、特に言論自由の権利を保証することを求めた。

そして2月8日、今度は武漢市内の大学に在籍する馮天瑜(武漢大学)、唐翼明(華中師範大学)、於可訓(武漢大学)などの10名の教授が実名で公開書簡を発表した。彼らは政府当局に対しては、李医師を含めた8人の新型肺炎情報の告発者に対する処分が過ちであることを認めた上で、今後においては、憲法によって保証されるはずの言論の自由に対するいかなる制限も行わないことを強く求めた。

北京外国語大学の展江教授もネット上で提言を行なった。彼は李医師の死と関連して、今後においては真実を明らかにする人々を守るためには、「吹哨人保護法」(告発者保護法)を制定することを緊急提案した。

北京大学法学部の張千帆教授、清華大学法学部の許章潤教授などの国内の著名な学者・識者は連名で、全人代とその常務委員会への公開書簡を発表した。彼らはその中で、「言論の自由はなければ国民の安全はない」と言い切った上で、李医師が死去した2月6日という日を「国家言論自由の日」として制定することと、「今日から中国人民が、憲法第35条によって賦与されている言論の自由を確実に行使できる」ようにすることを、中国の名目上の最高国権機関である全人代に求めた。

中国世論と政治を動かす「うねり」

平素は政治とできるだけ距離を置く財界からも言論の自由を求める声が上がった。歌手・音楽プロデューサーでアリババの最高幹部でもある高暁松は自らの微博で、李医師の生前の行為を称賛し、真実を明らかにする人を守るため、「告発者保護法」の制定に賛意を表明した。

中国共産党のプロパガンダ機構の中からも、言論の自由を求める運動に同調するような発言を行う人が現れた。共産党機関紙・人民日報社の上海支社長である弘氷は友人同士の間で交流する「微信」のグループチャットで李医師のことを追悼し、「どれほどの代価が払われてから、貴方と貴方たちの笛の音は天下に届くのだろうか」と、政府の言論統制に対する不満を表明した。

以上は、李医師が死去した直後の7日、8日における中国国内の動きである。李医師の死を弔い、政府の言論統制に憤慨する国民の声が広がる中で、良心的知識人たちを中心に言論の自由を求める動きがまさに燎原の火のような勢いで広がっている様子がわかるであろう。

そして筆者の私は、この数日間の動きを見て、これが近い将来、大きな流れとなって中国世論と政治を動かす力となっていくのではないかと予感した。

その理由は何であろうか。

プロフィール

石平

(せき・へい)
評論家。1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学科卒。88年に留学のため来日後、天安門事件が発生。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。07年末に日本国籍取得。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞受賞。主に中国政治・経済や日本外交について論じている。

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