新型肺炎:1人の医師の死が引き起こす中国政治の地殻変動
李医師を追悼する動きは香港にも広がった(2月7日) Tyrone Siu-REUTERS
<新型肺炎の被害が止まらない中国で、感染拡大を告発しながら当局に摘発され、自らも治療中にウイルスに感染して死去した医師への共感が広がっている。政府への怒りは中国を変える大きなうねりになるかもしれない>
新型コロナウイルスが猛威を振舞っている中国では今、ウイルスの被害者である1人の若き医師の死によって、それこそ嵐の到来を予感させるようなすさまじい抗議運動が起こり始めている。
死者の李文亮は、新型ウイルスの発源地である湖北省武漢中央病院眼科の医師だった。去年12月30日、李医師は約150人が参加するグループチャットで「華南海鮮市場で7名がSARS(重症急性呼吸器症候群)にかかり、われわれの病院の救急科に隔離されている」という情報を発信した。
政府当局が新型肺炎拡散の事実を極力隠蔽している最中だから、感染が広がっている事実を人々に報告した李医師の行動は到底許されない。李医師は直ちに病院の事情聴取を受け、1月3日には管轄区域の警察の派出所に出頭を命じられ、「違法問題」に対する「訓戒書」に署名させられた。
ほぼ同じ時期、武漢では李医師以外にも7人の医者やその他の人たちがSNSで「感染拡大」についての警告を発したが、この7人も全員、李医師と同じような取り締まりを受けた。さらに、地元・武漢のテレビや新聞、そして中国中央電視台(CCTV)までが、彼ら8人のことを「デマの流布者」としてさらした。
しかしその後の事態の推移は、李医師たちの警告が決してデマではなかったことを証明した。むしろ、当局が彼らの警告を圧殺して情報隠蔽を行なった結果、新型コロナウイルスは武漢市内で急速に感染拡大した。1月23日に、武漢という1000万人が住む都会が全面封鎖されるという前代未聞の事態となったが、それでもウイルスはさらに中国全土へと拡散していき、中国国民全員の健康と安全が脅かされる危機的状況となった。
その中で、警告者の李医師自身も医療現場でウイルスに冒された。1月12日に高熱などの症状で入院し、2月1日には新型肺炎と診断された。そして2月6日夜(一説では7日未明)、とうとう帰らぬ人となった。
李医師の無念の死は、武漢市民にだけでなく中国全土に大きな衝撃を与えた。新型肺炎の拡散を警告して当局から不当な扱いを受け、現場の医者として奮闘しながら自らもウイルスの被害者になって命を失った彼は、多くの中国国民にとって悲劇の殉難者であり、尊敬すべき英雄でもあるからだ。
政府の思惑を越えて広がる抗議の波
彼の死が伝えられた当日の晩から、中国のSNSで李医師はもっとも注目される話題となり、検索サイトでの「李文亮」という固有名詞の検索数は1位となった。同時に、李医師の死を弔う声、彼の行為を絶賛する声、そして当局の不当な取り締まりに対する憤慨の声、政府当局による情報隠ぺいに対する批判の声がネット上にあふれた。
7日、上海の地方紙である『新民晩報』は朝刊1面にマスクをつけている李医師の写真を大きく掲載。彼の死を追悼すると同時に、「情報の公開と透明性」が必要だと強調する記事を載せた。『新民晩報』は記事の中で、李医師のことを「吹哨人(警笛を鳴らす人、告発者)」だと称賛した。
そしてその日の晩、まさにこの「警笛を鳴らす人」の死を弔うべく、中国各地で午後9時から室内の照明を点滅させ、口笛を吹く追悼行動が実施された。官制メディアはいっさい報じていなかったが、ネット上の映像には、夜になって口笛を吹く各地の市民たちの姿が映し出されていた。
このような動きに対して、警戒心を抱く政府当局は直ちにさまざまな対策を打ち出した。ネット上の批判の声を片っ端から削除する一方で、自ら一転して「デマ流布者」として処分したはずの李医師の死を弔う態度を示した。中国外務省と国家衛生健康委員会は7日の定例記者会見で、李医師の死去に哀悼の意を表明した。同じ日、公務員の不正を取り締まる国家監察委員会は、李医師を処分した武漢市当局の対応に問題がなかったか調査に乗り出す、という異例の発表を行った。
つまり政府当局は、ネット上の政治批判を引き続き圧殺する一方、調査による李医師の名誉回復を示唆することによって国民の憤懣を和らげ、事態の沈静化を計ろうとしている。
しかし政府当局の企みは見事に外れている。今回の事態はもはやごまかしの小細工で収拾できるものではない。7日以降、李医師の死を弔う動きがあっという間に、言論の自由を求める怒涛のような政治運動へと広がっている。
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