コラム

社会主義・中国での「資本家による搾取」...すべてを諦め「寝そべる」若者たち

2021年06月08日(火)19時05分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)
中国の「躺平(タンピン)」主義(風刺画)

©2021 Rebel Pepper/Wang Liming for Newsweek Japan

<中国の若者たちの間で、資本家への抵抗として急激に広がる「躺平(タンピン)」主義が見落としている重要な事実>

王さんはごく普通の大学生だった。卒業後、大都会の会社に就職して食費を切り詰め節約し、3年間でやっと5万人民元(85万円)をためた。しかし故郷でも不動産価格は最低1平方メートル当たり1万人民元。しかも高騰し続けている。休まず毎日残業するほど働いても、給料では不動産に手が出ない。マイホームを持てなければ結婚もできない。全ては自分と無縁。なら「躺平(タンピン)」するしかない──。

「躺平」は中国で最もはやっているネット用語だ。何もせず横になって寝るという意味だが、転じて全く努力せず、ただ最低限の生活を送ることを指す。今の中国では王さんのような何千何万もの若者が「躺平」主義を選ぶ。彼らはどんなに努力しても運命を変えられず、将来に希望を見いだせない。

「われわれは躺平を選んだ。これ以上、資本家たちのために働かない。何か間違ったことがある?」と、王さんたちは言う。普通の労働者は働けば働くだけ資本家に搾取される。「躺平」こそ資本階級に抵抗できる有効な手段だ、と彼らは考える。

「資本家に搾取される」──この言葉が社会主義中国に現れるのは不思議なことだ。共産党が1949年に新中国を建国したのは、資本家の搾取をなくすことが目的だった。72年間を経て、この世界一の社会主義強国の若者たちは資本家に搾取され、「躺平」でしか対抗できないと公言している。

しかし、王さんたちは「われわれは資本家らの企業のために残業や努力をしない。しかし国家のためには何でもやる」とも言う。努力しても未来が見えない、頑張っても自分の運命を変えられない。王さんたちはこれを体制の責任とは思わず、資本家に搾取と貪欲の罪をかぶせる。「躺平」を選んだ中国人の若者の中には、ネット愛国者の「小粉紅」も少なくない。彼らは欧米に対する中国政府の強硬な態度を賛美するが、目の前の現実にはあまりにも無力で「躺平」しか選べない。

そして王さんたちは一つ大事なことを忘れている。それは彼らが愛している中国が社会主義公有制国家であることだ。土地と生産材は全て国に属する。つまり、この国を管理している政府こそ、最大の資本家なのだ。

ポイント

小粉紅
シャオフェンフォン。1990年代以降に生まれ、「完全に赤く染まっていない未熟な共産主義者」を指す。中国語で小粉紅は薄ピンク色を意味することに由来する。

社会主義公有制
全人民所有制と労働者集団所有制が伝統的な社会主義公有制。中国でも次第に生産力発展の阻害要素となり、農村の人民公社解体や国有企業の株式制導入が進んだ。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 5
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story