同時多発テロ後のパリに持ち込まれた「自粛」の空気
シャルリー・エブド事件が起きた半年後、通信傍受や盗聴を国家権限で強化する情報収集強化法が制定され、11月のテロ後には国家非常事態法が改正され、令状なしでの家宅捜索が可能となる範囲が広がった。テロ直後にパリでCOP21(国際気候変動会議)が開かれたが、各国首脳が集うこの会議に合わせて行なわれた市民たちの抗議活動は、非常事態宣言を受けての報道規制により、報じられることはなかったという。同月の地方選では、反移民政策を掲げる右翼政党・国民戦線が29%の得票率を得て、半数近くの選挙区で1位に躍り出た。
これらの断片的な情報から、さぞかし閉塞的な空気、少なくともテロについて言及することに慎重になっているのだろうと想像された。
講演の内容としては『紋切型社会』の内容を主題としつつ、日本の政治家が限られた言葉で物事を推し進めようとする動きを強めており、それを受け止めるメディアも素直に横並びで伝える傾向にあることを話した。こういった紋切型の言葉を使うのは日本の政治家だけではなく、皆さんの国の政治家も同じかもしれないけれど......と付け加えると、会場から笑いが起きる。フランスについての話題を俎上に載せる度に視線がグッと厳しくなる。
質疑応答の時間に移ると、ひょいっと手が挙がる。「日本では原発事故があって、こちらではテロがあった。日本の報道は自由を守れているだろうか」との問いだった。「自由が守られているとか、自由が奪われている、というよりも、忖度してこれはやめておこうと自粛している感覚がありますね」と答えると、通訳の男性がおそらく「忖度」と「自粛」のニュアンスをどう正確に伝えようか、思いあぐねている様子が伝わってくる。
締めの挨拶で、館長が「今日、武田さんが話したことは現在のフランスにも言えることかもしれませんね」といった類いのことを添えると再び会場が沸く。終わった後、現地に長年住んでいる日本人の知人と話すと、「もっとオランドの悪口とか言えば良かったのに。そこらじゅうのカフェじゃ、みんなオランドをめぐって激論かわしているよ」と言われた。
彼らからしてみれば、外の国から自分たちがどのように見えているかを聞きたがっていたのに、こちらは「報道規制されているらしい」「右派政党が躍進している。愛国心が高まっているに違いない」との浅い読みで、日本が置かれている状況に終始して、日本のメディアは忖度ばかりしていると伝えたわけだが、そんなことを言っているオマエこそ、今のフランスでは言葉を選んで伝えなければと「忖度」を重ねていたことになる。「日本の保守勢力が今......」という話をフランスで話すのは、実に「保守的」だ。
渡仏するだけで「狙われるんじゃないの?」と言われたことにそれなりにビビり、ちゃっかり気を遣った、あちら側に踏み込まない自国の見識だけを並べた「安全パイ」な選択を恥じることになった。「自粛」の空気を感じるのだろうと出かけていったら、むしろ自分が「自粛」の空気を持ち込んだ結果になってしまったのである。
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