軽減税率適用を懇願する新聞・出版の低姿勢
財務省案の還付案については軒並みこきおろしていた新聞各紙だが、軽減税率導入への流れに向かうと、そのこきおろしをすっかり弱めている。安倍首相は2017年4月の10%への消費税率引き上げについて「リーマンショックのようなことが起これば別だが、予定通り行なう」と語っている。「新三本の矢」の「2020年度をめどにGDPを600兆円」に代表されるように、目標値についてはいたずらに具体値を挙げるものの、税率据え置きの可能性については「リーマンショックのようなこと」と漠然とした言い方に留める。
新聞各紙はこの漠然とした言い様に突っ込むべきだが、5%から8%への増税が個々の家計に与えた影響を精査せずに、10%に増税することをすっかり許容し、「軽減税率の導入で不透明・不公正さを増すような制度設計は許されない」(朝日新聞・10月18日)と社説を締めくくる。2015年8月度の新聞ABC部数によれば、この1年で朝日が約47万部、読売・約13万部、毎日・約6万部、日経・約4万部、発行部数を減らした(産経のみ約2000部減のほぼ横ばい)。消費増税は長期の低落傾向にさらなる追い打ちをかけるだろうから、軽減税率の適応を受けて8%におさえておきたい気持ちは十分に理解できる。しかし、万が一、その姿勢が紙面への躊躇として滲んでいるのならばいただけない。
しょっちゅう雑誌を買う生活をいまだに続けているが、それらの雑誌のいくつかが、日本書籍出版協会による、本と雑誌に軽減税率の適用を求める広告を掲載している。他国では出版物に軽減税率が適用されているという事例を並べ、日本でも適用するべきだと訴えかける。個人的にも大賛成なのだが、2014年の出版販売金額が1950年に統計を開始して以来最大の落ち込みとなった理由について「原因ははっきりしています。昨年4月に5%から8%に引き上げられた消費税の影響です。(中略)私たちは大いに危惧しています。子どもたちが全国どこでも等しく本に触れられる環境が破壊されることを!」となかなか情緒的な文章が記されていて、さすがに素直には頷けない。消費税増税は確かに大きな痛手となったが、「原因ははっきりしています」と、それだけに背負わせるように断言していいのか。
このままでは書店が無くなってしまう、だからこそ10%導入時には出版物に軽減税率を是非、という論旨は分かる。しかしその前に、8%引き上げの影響を精査し、消費税増税の害悪について徹底的に論証し報じるべきではないのか。引き上げたことで書店が潰れた、本が売れなくなったという断言が、「10%にするときはまずは僕らを優先的に除外してほしい」という懇願にスムーズにスライドしているだけならばいただけない。「リーマンショックのようなこと」がなければやります、という曖昧な姿勢を示していることを突つかずに、目の前にぶらさげられた軽減税率というニンジンに素直にパクつこうとしているのではないか。もっと根本から疑義を呈するべきである。
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