コラム

日本がAI規制を主導? 岸田構想への4つの疑問

2023年10月04日(水)11時50分

その一方で、公共の利益になるような一定の場合に著作権がフリーになる「フェアユース」の考え方がないために、極端な話、AIの生成物を分析すると、ごく一部だけがある著作からの引用が残った場合に、全く本質的な意味がなくても、その生成物の利用にはオリジナルの著作権者の許諾が必要になります。

もちろん、現著作権者の利益は保護されなくてはなりませんが、日本の法体系では「誰も幸福にならない」ような純粋に形式的な規制がいつまでも残る可能性があり、このままで世界を主導できるかは分かりません。例えばですが、AIによる著作物の引用を認める代わりに、対価を保証するアプローチも検討すべきです。こうした問題をどうクリアするのかは、岸田発言からは見えません。

3つ目の問題は、フェイク情報の流通を防止するために「オリジネーター・プロファイル(OP)」という技術を使用して、ネット上で発信された文章などに対し、第三者機関が認証した発信者情報を電子的に付与し、ネット利用者が信頼性を確認できるようにするという岸田首相の構想です。

これは、それこそ岸田首相のよく言う「法の秩序に基づく自由と民主主義」には完全に反する発想です。発信者の真正性を確認するだけであっても、特定の機関に「お墨付きを出す権限」を与えるのであれば、言論の自由が保証されるかどうかは分かりません。話が逆であって、フェイク性が確認できたら、そのコンテンツに警告を付与するのが正しく、EUなどはその方向で法制化を進めています。

顔認証データベースの悪質な大規模利用は?

4つ目は、AIが過度に導入されることで、従来は考えられなかったような個人の権利の侵害が起きる可能性です。EUはこの問題にかなり厳格に臨むとしています。例えば、不特定多数を対象とした顔認証データベースの大規模な利用や、潜在意識の操作など、悪質な利用については厳しく考えるべきです。

特に顔認証についてEUでは、法的執行を目的とした公的スペースでのリアルタイムな使用は原則禁止としています。また、商業施設・公共交通機関・学校などでの使用は事前許可を前提としています。日本でも個人情報に関する意識は近年飛躍的に向上しています。EUでは網羅していないような、思わぬAIの暴走を防止する発想を提供することは必要と思います。岸田構想には、こうした観点が入っているのか、検証が必要と思います。

とにかく、AIという新技術を、全体の成長に結びつける一方で、個々人の権利侵害が起きないよう有効な規制を行う、同時に、過去の日本が何度も陥ってきた失敗、つまり形式的に過ぎる法規制で進歩を阻害することのないよう、チェックをかける必要もあります。こうした問題には、人畜無害で総花的な発想では全く対処はできません。従来の岸田首相のイメージを打破する突破力を期待したいと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story