コラム

アメリカ「児童労働」議論の背景にある深刻な人手不足

2023年06月14日(水)11時50分

コロナ禍が過去のものとなったアメリカでは各産業で人手不足が深刻に Brian Snyder-REUTERS

<まるで開拓時代のような共和党の「自己責任論」と、教育の権利を侵害する規制緩和は認めないとする民主党のせめぎ合い>

昨年以来、アメリカの各州では「児童労働」についての議論が盛んになっています。児童労働(チャイルド・レイバー)といっても、アメリカが世界各国の人権に関心を向けているとか、あるいは、アメリカ国内でも、違法なブローカーなどが海外から未成年者を不法に連れてきて強制労働させるといったケースではありません。

各州において、普通に住んでいるその州の子どもたちの「労働」をどうするか、議論が白熱化しているのです。具体的には、14歳から17歳、アメリカの高校1年生から4年生を対象とした話です。

アメリカの高校生が、働く、つまり日本風に言えばアルバイトをするというのは、日常の光景です。日本の場合は、一般的に首都圏など都市部では見かけますが、地方に行くと校則などで禁止されている場合が多いようです。反対に、アメリカの場合は、治安の関係などもあって大都市より地方で一般的です。

当然ですが、この「高校生のバイト」には色々な規制があります。まず、学業との両立が崩れたり、部活に参加できなくなったりしては教育を受ける権利が侵害されます。そこで、州にもよりますが平日は一日2時間、週末は一日4時間といった労働時間の制限があります。また深夜の9時以降は禁止するとか、危険な工場の生産ラインでの労働は禁止するなど、多くの規制があります。

この規制を緩和して欲しい、これが今回の論点です。対立構図としては、共和党が規制緩和に熱心で、その背後には人手不足に悩む地方の中小事業者の声があります。これに対して、多くの場合、民主党は反対に回ることが多くなっています。何よりも、グローバル経済の中で知的労働にシフトしているアメリカでは、若者に高等教育を受けさせることが、本人と国家の成功につながる、従って教育の権利を侵害するような規制緩和には反対という考え方です。

地方で深刻化する人手不足

そうではあるのですが、現実としては各州における「人手不足」はかなり深刻を極めています。特にコロナ禍を過去形にして「完全にノーマル」な社会となる中で、今年、2023年の夏のシーズンは、小売、観光、サービスといった産業は人集めに必死です。また、不法移民への締め付けが続く中では、大規模農園なども労働力の確保に苦しんでいます。

規制緩和の内容ですが、ニュージャージーの場合は昨年、2022年に法改正を行っています。内容としては時間制限の緩和が主で、夏休み期間中、14歳と15歳は週40時間、16歳と17歳は50時間まで労働を許可しています。また、高校生の「アルバイトを登録し許可する権限」を各学校から州の労働局に一本化し、迅速な許可を下ろすようにもしています。

一方で、かなり物議を醸しているのが今回2023年の夏から施行されたアイオワ州の新法です。アイオワでは、14歳と15歳は学期中でも一日6時間、夜は午後9時までの労働を認め、6月1日から9月第1週までは深夜11時まで認めるというのです。16歳以上は成人と同様、つまり児童労働規制の対象から「外す」としています。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル首相らに逮捕状、ICC ガザでの戦争犯罪

ビジネス

米新規失業保険申請は6000件減の21.3万件、予

ワールド

ロシアがICBM発射、ウクライナ発表 初の実戦使用

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部の民家空爆 犠牲者多数
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 2
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッカーファンに...フセイン皇太子がインスタで披露
  • 3
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 4
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 5
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 6
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    習近平を側近がカメラから守った瞬間──英スターマー…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story