コラム

岸田政権の「国家安全保障戦略」に足りないもの

2023年03月08日(水)16時30分

岸田政権が閣議決定した国家安全保障戦略は、かなり「踏み込んだ」内容にはなっているが Issei Kato/POOL/REUTERS

<万が一、アメリカが本格的な孤立主義を選択して米軍の東アジアでの存在が縮小された場合への備えがない>

昨年、2022年末に岸田内閣が閣議決定した「国家安全保障戦略」と、同じく閣議決定した「国家防衛戦略」については、タカ派イメージのあった安倍内閣では「何故だか」できなかった「踏み込んだ内容」が決定されているとして、保守政界や財界では評判がいいようです。

確かに、ロシアの軍国化、中国の権威主義への傾斜、北朝鮮の核武装強化といった現状に対して、厳しい認識がされているのは事実です。その認識の上で、防衛費の増加、日米の連携、技術開発などの「現状の延長で可能な施策」を積み重ねるという政策が示されているわけで、現実主義の立場から理解されるというのはわかります。

ですが、この2つの「戦略」の全体は日本という国の国家戦略としては、重要な点が足りず、中長期的には不安を禁じ得ません。3点、議論したいと思います。

1点目は、あまりにも米軍に依存しているという点です。防衛費を倍増させるといっても、あくまでトランプのような孤立主義者から「安保ただ乗り批判」を受けないように負担を増額しているだけであり、有事の際の実際の指揮命令系統は米軍と一体化がされています。

行き過ぎた米軍依存

これでは独立国の防衛戦略としては十分ではありません。万が一、アメリカが本格的な孤立主義を選択して、米軍が東アジアの安全保障へのコミットを大きく減らした場合への備えがないからです。そうした場合に備えて、国家のあり方の「代替案」を持っておくことは必要です。

具体的には、まず「国のかたち」の問題があります。在日米軍という「ビンのふた」が外れた場合に、「枢軸日本の名誉回復を望む軍備肯定論」と「あらゆる軍事的なことを否定し蔑視する一国平和主義」という「国際社会から全く理解されない異質なイデオロギー」だけがビンの中から出てくるようでは困るわけです。

自由と民主主義のイデオロギー、第二次大戦後の国連中心主義との整合性を中心に、周辺国との必要な信頼関係の確保も含め、仮に日本が相当程度の「自主防衛体制」に移行した場合に、国の基本的な理念を国際社会に理解されるような現実的なアピールができるようにしておくことが必要です。同時に、自衛隊もドイツ国軍のような「国際貢献により戦前の汚名とは無縁の存在」となるような実力の涵養と、国際的なイメージ確保の戦略を持つべきと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 10
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story