コラム

岸田政権の「国家安全保障戦略」に足りないもの

2023年03月08日(水)16時30分

2点目は、中国とロシアとの関係です。この国家安全保障戦略にしても、現在の岸田政権のスタンスにしても、対米追従がやや過剰であり、自主性が感じられません。アメリカと違って、地理的にも経済的にも日本は中国とも、またロシアとも「切っても切れない関係」があります。ですから、全面的に両国を敵視し、軍事バランスの最前線に出てしまうと、経済的な国益を大きく損なって国の成り立ちが揺らいでしまいます。

中国やロシアの行動を50%以上支持するということは考えられないにしても、最適解は、岸田版の「戦略」からは、もう少しズラしたところにあると考えられます。その代わりに、日本として中国とロシアを離反させることで、相対的に安全度を高めるという深謀遠慮も持っておくべきでしょう。

3点目は、朝鮮半島問題です。今回の安全保障戦略には、北朝鮮の核ミサイル開発に関する脅威については、かなりハッキリと指摘されています。ですが、これに対する備えとして韓国との関係改善については強調されていません。「同志国(聞き慣れない言葉です)」との連携という項目で、日米以外では「豪州、印、英・仏・独・伊等」の後に「韓国」とあるだけで、日韓関係の重要性の認識は表現されていません。

日韓関係に関しては、今回の和解の動きは非常に重要ですが、これに対しては「いつも韓国はゴールポストを動かす」「ちゃぶ台返しをする国だ」「レーダー照射問題をどうする」などの声があり、岸田政権が、そうした「保守票」に配慮しているのであれば、それは弱気に過ぎます。

ゴールポストの移動や、ちゃぶ台返しについては、「そうさせない」戦略が必要ですし、「レーダー照射」などという行為と、それを悪いと思わない先方の世論に関しては、これを放置していては北朝鮮を利するだけです。いずれにしても、野党がロクな反論をしない中で、今回の「戦略」が国策となっていく流れの中で、足りない部分の議論は続けていかねばなりません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

マスク氏、政権ポストから近く退任も トランプ氏が側

ワールド

ロ・ウクライナ、エネ施設攻撃で相互非難 「米に停戦

ビジネス

テスラ世界販売、第1四半期13%減 マスク氏への反

ワールド

中国共産党政治局員2人の担務交換、「異例」と専門家
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台になった遺跡で、映画そっくりの「聖杯」が発掘される
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 6
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 7
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 8
    博士課程の奨学金受給者の約4割が留学生、問題は日…
  • 9
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 10
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 7
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 8
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 9
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 10
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story