コラム

アメリカの進まぬ銃規制、繰り返す乱射の悲劇

2018年02月15日(木)15時15分

あらためてアメリカは深い分裂の中にあるのです。例えば2017年10月のラスベガスの事件では、中西部で人気のカントリー音楽のコンサートが襲撃されたということから、被害者や遺族のほとんどが銃保有派であり、そのために銃規制論は活発化しませんでした。

今回のフロリダの事件にしても、ラスベガスの事件にしても「AK15タイプ」と呼ばれる「連射可能で火力の強いアサルトライフル」が使用され、そのことが被害を拡大しているのは間違いありません。ですが、銃保有派の人々は、「強力な火器が出回っている以上は、対抗できる武器を保有しないと家族が守れない」として、規制には断固反対の構えです。

その一方で、さすがに高校への乱入で単独犯が短い間にここまでの大きな惨事を起こせるという事実を踏まえて、改めて規制への議論を起こそうという動きもあります。

例えば、今回の事件では、CNNで元FBI捜査官が「事件直後に政治的な発言は控えるべきかもしれないが、実際に重火器で武装して取り締まりをしていた人間として、民間に強力な軍用ライフルが出回っているという状況は、明らかに異常だということを今回の事件を契機に問うていきたい」と話していました。

また、今回の事件で必死に生徒を守った教師のメリッサ・ファルコースキ氏が証言していたのですが、この学校では「銃撃などに備えたロックダウン訓練」は十分に行なっており、教員も生徒も万が一の際にどう行動したらいいかは身に付いていたというのです。「それにも関わらず17人の命が奪われたのは、国の制度が狂っているとしか言いようがありません」とファルコースキ氏は静かに指摘していました。

そうは言っても、今回の事件を契機として一気に銃規制論議が拡大すると考えるのは早計だと思います。現在は、トランプ政権の時代であり、議会も共和党が優勢だからです。そんな時代だから銃関連の産業は好調かというと、つい先日、有力な銃製造メーカーであるレミントン社が経営破綻しましたが、その理由が「トランプ政権となり、規制の心配がなくなったから、人々が銃も弾薬も慌てて買わなくなった」からだというのです。これもまた、心理としても産業としても狂っているとしか言いようがありません。

銃規制の現状では、まず2009~17年にかけてオバマ政権が「国論の分断を恐れて銃規制論議に今一歩慎重だった」ということがあり、その後17年に発足したトランプ政権が「保守の感情論は全部正しいとして、無条件に銃保有派の主張に追随した」ことで、結果的にオバマ大統領が恐れた「国論分裂」が固定化してしまったことに尽きると思います。

ですが、フロリダのリベラルな地域で起きた事件ということ、そして乱射犯が存命で動機や銃の入手経路など事件の詳細の解明がされる可能性があること、の2点から考えて、規制論議が動き出す可能性はゼロではないと思います。

治療中の負傷者の中には相当な重症者がいるという報道もあり、とにかくこれ以上の犠牲が出ないことを祈るばかりですが、同時に何とかして今回の事件を教訓として、規制論議が前進する可能性についても、祈るような気持ちで見ていきたいと思います。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRB、年内は金利据え置きの可能性=ミネアポリス連

ワールド

ロシアとウクライナの化学兵器使用、立証されていない

ワールド

米、イスラエルへの兵器出荷一部差し止め 政治圧力か

ワールド

反ユダヤ主義の高まりを警告、バイデン氏 ホロコース
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 2

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 3

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 6

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 7

    中国軍機がオーストラリア軍ヘリを妨害 豪国防相「…

  • 8

    デモを強制排除した米名門コロンビア大学の無分別...…

  • 9

    ハマス、ガザ休戦案受け入れ イスラエルはラファ攻…

  • 10

    プーチン大統領就任式、EU加盟国の大半が欠席へ …

  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 5

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 6

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 7

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 8

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 9

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 10

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story