コラム

ウーバーと提携したトヨタが持つ「危機感」

2016年05月26日(木)17時50分

 これは、現在のトヨタのビジネスモデルとはまったく相反するものです。ドライバーズカーという概念で、運転して楽しい車、運転しやすい車、所有することに満足を覚える車を世界に提供することを主要なビジネスとしてきたトヨタにとっては、その基本概念を否定しかねない発想だからです。

 では、なぜそのような危険な提携にトヨタは踏み切ったのでしょうか? そこには、このような「クルマ社会の革命」が「本当に起こる」のであれば、その流れは不可逆だという危機感があるのだと思います。もしそうならば、早くその変化の流れに乗って行かなくては、企業自体の自己革新や方向転換が間に合わなくなるということです。

 しかしそうは言っても、この自動運転車については、日本ではまだまだ抵抗感があるようです。肯定か否定かというアンケートを取ると、否定派の方が多いわけで、一部には高齢化・保守化した日本社会では、自動運転は受け入れられないため、結局は開発で遅れをとり、気がついたら自動車産業は消滅して「何もないガラパゴス」になってしまうという悲観論もあるようです。

 この点に関しては、私は違う見方をしています。

【参考記事】電気自動車からドローンまで「次のIT」を支えるあの電池

 日本社会にある自動運転への拒否感は、イノベーションのための宝の山だと思います。具体的な不安感・抵抗感の一つ一つは、「それを一つずつ解決すること」がそのまま自動運転車のノウハウになっていくからです。

 人間のドライバーと違う動作をするので怖い、どうして迂回したのか説明がないと不安、故障したような異音がしたがどうしたらいいのか、霧で先が見えないのにどんどん進むので怖い――。こうした不安や拒否感をどんどん発信して、一つ一つ潰すことが開発のプロセスになるわけで、その意味では「どうにかなる」という空っぽの楽天主義の社会より、不安や拒否の感情を多く抱える日本社会の方がイノベーションで先行できるはずです。

 もう一つは、高齢化社会における自動運転は、高齢者に革命的なまでの行動の自由を与える点です。これも、日本というマーケットが自動運転車の市場として極めて重要であることを示しています。

 トヨタとウーバーの提携が、自動車の未来像に関する様々な議論を生むことを期待したいと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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