コラム

日本人の神秘的な微笑とは何なのか?

2014年06月27日(金)11時01分

 ですが、この攻撃を受けた議員の「微笑」というのは、これも正に「日本人の神秘的な微笑」なのです。つまり、野次を飛ばした議員だけでなく、野次に反応して議場内が騒然とする中で、かなり広い範囲から「笑い」が起きていた、つまり物言わぬ多数派が、笑うことで、そしてそれ以前に野次に反発しないことで、野次に同調する「空気」を作っていたのだと思います。

 その空気はある状態を越えると、強い同調圧力を持っていくわけです。そうなると議場の多数派に空気が伝播していきます。結果として、野次だけでなく、それに暗黙のうちに同調している空気が、登壇していた女性議員に対する攻撃性を帯びてくるわけです。

 女性議員は「野次とその野次に笑っている大勢の同調者」から自分に向かってくる敵意の総量に対して、とっさに「関係性の修復」を試みるために反射的に微笑んでしまったのだと思います。

 では、その微笑は効果があったのでしょうか? 残念ながらそうではありませんでした。「笑ったから許容されたのかと思った」的ないい加減な口実に使われる中で、決して「関係性を修復しつつ相手に反省を迫る」ような良い効果は生まなかったのです。

 どうやらこの「神秘的な微笑み」というのは、コミュニケーションのスタイルとしては生産性はないようです。明らかなコミュニケーションの破綻があったり、明らかな敵意に対して徹底して戦わなければならない時に、とっさに「関係性の改善」をしようと微笑んでしまうのは、自分の方の失点にしかならないからです。

 こうした問題に関しては、ちょうど日経ビジネスの電子版に、榎本博明という方への『「はい論破。」は誰も幸せにしない 空気を読むコミュニケーションは日本の長所だ』というインタビュー記事が出ていました。その中には「日本人は他者との関係性に自己がある」とか「日本は相手に合わせる文化」だという主張が並んでいます。

 ですが、今回の都議会議場での一件がそうであるように、現代の日本社会に求められているのは「多様な人間が共存しようとする」ための協調であり、ある保守的な価値観に、下の世代や少数者が合わせていかねばならないような協調ではないのです。

 この二種類は協調といっても、全く別です。この点から考えると、榎本氏の主張は、得てして間違った守旧派の論理を正当化するために使われる危険性があるように思います。その意味で、誤った考えを追及していくためには、「微笑み」を封印して、言うべきことは言っていかねばならない、そのような時代であるとも言えます。

 では、海外で会話が破綻した際の「神秘的な微笑み」はどうかというと、こちらも百害あって一利なしであることを思うと、止めたほうが良いと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 10
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story